表示灯株式会社様

駅利用者の利便性を向上、「タッチ&ルート」で地図を持ち歩く。

曾有の不景気が始まったという2008年。
華やかに映る広告業界も例外ではない。
2008年、日本の総広告費は6兆6926億円で、前年比95.3%であった。
近年驚異の成長を遂げたインターネット広告ですら、
前年比16.3%増としたものの、2007年までの伸張はなく成長は鈍化を余儀なくされている。
しかし、そのインターネット広告のなかで、
失速するどころか前年比47%増という、驚くべき成長を遂げた分野がある。
それは、モバイル広告である。

交通広告を主力事業とする表示灯株式会社の増田卓也氏。
彼は、広告ビジネスに携わる中で、交通媒体を利用したあるビジネスモデルを思いつく。
「生活者に役立つ情報の入り口を、生活導線上に創造する」
強い信念の基、彼はついに動き出す。
優れたビジネスモデル「駅周辺案内図」と、その驚くべき成長分野 「モバイル広告」の融合を武器に。

※株式会社電通「2008年(平成20年)日本の広告費」(2009/2/23発表)による。

「新駅」とともに成長

想像を超えた人だかりだった。

2009年3月3~6日の間に東京・ビッグサイトで開催された、ICカードとICタグの総合展『IC CARD WORLD 2009』。丸紅情報システムズブースの一角に、ひときわ多くの人で賑わうコーナーがあった。普段はよく目にする駅の案内板。しかし展示会場では、異質な 雰囲気で光を放つ。さまざまな人たちがその前に立ち止まり、担当者にいくつもの質問を投げかけていた。担当者の名は増田卓也。表示灯株式会社 クロスメディア事業開発部 部長、その人である。

「実は当社がこうした展示会に商品を出すのは長い社歴の中でも初めてです。開催前は、果たしてどれくらい反応があるのだろうかと心配していましたが、予想以上の盛況でほっとしています」

表示灯。その名前を聞くことがなかったとしても、提供する商品は誰もが目にしたことがあるはずだ。全国の主要駅の改札付近で目にする駅周辺案内図は、その多くを表示灯で製作している。

「当社の事業は大きく2つに分けられます。1つは駅や公共施設などのサインの製作。もう1つが広告代理店事業で、こちらは駅周辺案内図を製作して駅に設置 し、付帯する広告スペースを埋めることで収益を得る方法です。駅周辺案内図のことを『NAVITA(ナビタ)』と名付けているためナビタ事業と呼び、当社 の柱となっています」

ナビタ事業は、優れたビジネスモデルである。当初、駅周辺案内図は鉄道会社が駅利用者の便を考慮し、製作・設置していた。ところが、周辺のビルが建て変 わったり、新しい道路ができたりするたびに周辺案内図のメインテナンスが必要となる。サービスで始めたこととはいえ、本業とは違うところに手間とコストを かけなければならない。ナビタ事業では、表示灯が駅周辺案内図を製作し、周辺地図のメインテナンスを行う。そこにかかるコストは、駅周辺案内図に設けられ た広告スペースの収入で賄う。駅周辺案内図は、その地域の企業や店舗、施設にとっては、商売をしている場所に誘導してくれる魅力的な広告媒体である。鉄道 会社は、駅周辺案内図製作・メインテナンスの手間がすべて解消した上、NAVITAの設置場所を提供しスペース収入を得られる。テナントビル事業のような ものである。つまり、鉄道会社、表示灯、広告主、駅利用者の関係者すべてにとってメリットをもたらすビジネスモデルということができる。

表示灯は現在ナビタを、全国各地の主要駅約2300駅に設置している。1駅に複数設置されている駅もあることから、ナビタの設置数は約2700箇所、スポンサーの数は42000以上にもなる。

表示灯は名古屋発祥の企業で、本社も名古屋にある。創業当初はバス停の停留所に広告スペースを載せた小さな地図を設置したが、すぐに鉄道に目を向け、以後 鉄道をメインにナビタで成長していく。創業3年後には東京支社、その2年後には札幌支社、大阪支社と相次いで進出。その後、15年ほどの歳月をかけて各地 に支店や営業所を設け、ほぼ日本全国をカバーするまでになる。

「ナビタ事業は、新たな路線の開業に伴い大きく成長してきました。新駅にナビタを設置し、駅周辺の企業や店舗、施設などに広告を出稿してもらう。次々と誕生する新駅が、当社の成長を支えていたのです。」

「ナビタッチ」で活路を見出す

「昨年、東京地下鉄副都心線が開業し話題となりましたが、今後このような大型の鉄道新設はほとんど予定されていません。新駅はできないということです。」

業績拡大の原動力だった新駅が生まれない。このままでは表示灯の成長は鈍化してしまう。

「こうした状況で成長をめざすためには、海外進出といった案もあります。しかし、日本と海外では事情も違い、そう簡単ではありません。国内で展開する場合に考えられる方法は、広告料金の値上げ、広告の枠数アップ、新たな媒体の開発の3つです」

しかし、そのいずれもが難しい状況にあった。景気の低迷によって、価格を上げることがスポンサー離れにつながれば、本末転倒になる可能性がある。

「広告の枠数をふやすために、新たなナビタを設置するのも厳しい状況です。ターミナル駅構内など人が多く集まる場所は、広告スペースとして最適ですが、当然人気が高く、たいていは競合他社が抑えています。」

残るは「新たな媒体」だ。

「私は表示灯に3年前に入社しましたが、実はそのとき既存の施設を活かして展開する、あるプランがあったのです」

増田はネット系の大手広告代理店に勤務後、表示灯にキャリア採用で入社した。すでに胸に秘めたプランがあり、それを実現すべく表示灯に入社したと言っても過言ではない。どうしても実現したかったそのプランとは、「おサイフケータイ」を利用することだった。

「駅周辺案内図の地図面に携帯電話をかざす(タッチする)と携帯電話のディスプレイに地図が表示され、目的地までルート案内してくれるというアイデアで す。これを、「ナビタ」と「タッチ」を組み合わせ、「ナビタッチ」と名づけました。ナビタッチで最も重要なのは一般ユーザの利便性が高まることで、これに より携帯で地図を持ち帰れる。つまり、ナビタの地図を一生懸命頭に入れなくてもよくなるというわけです(笑)。同時に広告主にとっても、大きな付加価値と なると考えました。携帯に表示した地図が、お客様を連れてくるのですから。」

このプランを実現するために増田は、ひとつ技術的な壁を感じていた。駅周辺案内図は、目立つことや見やすさを考慮して、地図面は内照式、つまり中から光ら せたかった。ところが、おサイフケータイをかざすことで動作させる、非接触IC技術「フェリカ」に対応した機器(リーダーライター)を、乳白色のアクリル の裏面に貼ると、当然のことながら機器の陰が映る。これでは、目立たせたい肝心の「かざす部分」が暗くなってしまう。また駅周辺案内図の利用者が、まず地 図を見る動機は、今自分が立っている現在地の位置情報を把握するためである。よって、導線を考える上でタッチポイントとして理想的なのは、『地図上の現在 地部分』だ。増田はリーダーライターを開発している企業を1つひとつ訪問していくが、「解決できそうもなかった」という。

そんなとき、日経産業新聞の1つの記事が目に入る。

自在なセンサ部に衝撃

「これまでは訪問先で思いを伝えても、『当社のスペックはこうです。変えるのは難しい』と言われてばかりでした。困っていたときある新聞記事が目にとびこんできました。丸紅情報システムズが「ポップナビ」という液晶画面付きフェリカリーダーライターを発売したというタイトルです。気になって連絡をして、営業の方の話を聞いているうちに『これだ』と思いました」

増田が強い興味をもったのはフェリカリーダーライター「ラピナビ」と「外部アンテナ」との組合せだった。

Rapi NAVIについて

「おサイフケータイをラピナビにかざすだけで、ウェブサイト誘導やメール配信、クーポン券・店頭案内の配布など、あらかじめ設定した任意の操作を自動で実行させることができます。非接触IC技術「Felica(フェリカ)」を搭載するすべての携帯電話(おサイフケータイ)に対応しております。

「これまで目にしてきたものは、機器とセンサ部が一体となったものしかなく、センサ部を独立させたものはありませんでした。それが、センサ部をパッシブアンテナ技術で本体から切り離すことができる上、その形状は細い電線と透明のアクリル版の組み合わせで、センサ部の面積を広げることができる、と聞いて期待がふくらみました。」

一方、センサ部をアンテナ形状にしたときに、センサ感度が弱まるのではないかという不安もあった。携帯電話を地図面のアクリル板越に反応させなければならないからだ。

ところが、「最初の訪問で、外部アンテナを分厚い木のテーブル板の下につけて、テーブルの上に『おサイフケータイ』をかざすと、見事に反応しました。外部アンテナにはセンサ感度を上げる役割もあったのです」

増田が考えていたのは、実現のスピード感である。そのためには、新たな設備をつくることなく既存の設備をそのまま活用できることが重要。「ラピナビ」は、地図面の後ろに簡単に設置し、陰にならず、センサ面積を大きくできるという大きなアドバンテージをもっていた。さらに、センサ部は、電線とアクリル板の組み合わせで、その形状を自在に変えられる、たとえば「ぬいぐるみ」の中に仕込むなどもできるということで、将来の可能性にも期待できると判断。採用を決めた。

さっそく増田は鉄道会社にナビタッチの案を提案していくが、なかなかいい返事がもらえない。

「目の前の地図を携帯電話で持ち帰ることができれば、駅利用者にとって間違いなく利便性は高まります。しかし、越えるべき壁は厚く高く例えば、社内においては、フェリカリーダーのような、先端機器を仕込んだナビタッチを理解し、販売・管理するリソースを割くことはできませんでした。デジタル関連事業の構築には、企業文化の変革が必要でこれが高い壁となります。当初は、私が1人ですべてに関わることとなり、ビジネス構築に必要な社内・社外体制を同時進行で整えていきました。そして、鉄道会社には何度も通い、繰り返し思いを伝えていきました」

増田は、ナビタッチを使っていくことで、駅員の方への場所の問い合わせ対応の負荷が減ること、案内図の価値が向上すれば広告主も集まりやすく広告収入アップが見込めること、案内板が使いやすければ駅構内の商業施設「駅ナカ」の利用者数の増加につながること、また何より先端的な取り組みで駅利用者の利便性を向上させれば、その駅と鉄道会社の企業価値向上、ブランド価値向上に貢献することなど、根気強くメリットを訴え続けた。そうした成果が実り、地下鉄を運営する福岡市交通局とJR西日本に採用され、2009年2月20日、ついに「ラピナビ」を使ったナビタッチ第1号が福岡市天神駅に設置され、2月21日、第2号がJR大阪駅に設置された。

新たな文化を創る

ナビタッチの仕組みはこうだ。「おサイフケータイ」を周辺案内図地図面の「現在地」部分にかざすと、周辺地図情報のURLを読み込み、ワンクリックするだけで周辺の地図が表示される、画面中段にある検索窓に行きたい場所や主な施設を入力すれば、施設の詳細情報や、そこまでのルート案内図を表示することもできる。また「デパート」「スーパー」などジャンル別から探すことも可能で、そこから行きたい場所を指定することもできる。もちろん、広告主については場所を表示するだけではなく、ルート案内図を表示することが可能だ。

「将来的には、地図面の現在地だけではなく、目的地付近に携帯をかざし、そこまでの最短ルート案内図を表示したり、デジタルサイネージと連動して更に付加価値を高めたりと夢は拡がります。どの場合でも忘れてはならないのは、使う人の役に立つ、本当に便利なものを提供することです」

周辺案内図の広告枠の場所にリーダーライターを設置し、そこにタッチすればダイレクトに広告主の場所までルート案内できるようなことも視野に入る。また、カーナビのように『コンビニ』と入力すると、画面上に周辺のコンビニだけが一覧として表示されるといったことも考えているという。

「あと5、6年もすれば、必要のない情報を一方的に受け取ったり、情報を得るのに複雑な操作をしたりすることはなくなると思います。生活導線上に必要な情報の入口があり、理にかなった行動でごく自然に欲しい情報を取得できるような、より簡単で便利なものを生活者は選びます。例えば駅の案内板の地図面に携帯をかざし、地図を持ち歩く、という行為が、理にかなった無理のないことかどうか。もし、そうであれば、携帯をかざして必要な情報を取得するということは、近未来の習慣とか文化のようなものに、なっていくかもしれませんね。」

『IC CARD WORLD 2009』でナビタッチに興味を示した人の多くは、広告関係者、鉄道会社であったが、それ以外に増田が「想定していなかった、多くの来場者とお話ができました」と語った。全国各地の商店街振興をめざす人たちである。

「シャッター通りなどと呼ばれる商店街を少しでも復興させるために、ナビタッチが何か使えるのではないかと真剣な眼差しで質問されていました」

携帯電話と案内板という、一昔前では想像すらできなかった組み合わせで、新しいビジネスモデルを創造する。ナビタッチは多くの人たちの心の琴線に触れながら、社会の裾野へと浸透しようとしている。また、あと5年後、さらに10年後、増田がどんなビジネスモデルにチャレンジしているか、彼だけに見える光景があると思えてならない。

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