膨れ上がるコストを削減せよ
      防災行政無線、既存施設ゼロからの構築【大村市役所/鈴田 正隆氏/執行 武弘氏/大久保 和美氏】

防災行政無線。
地震、津波、火事など災害が発生したときに、
自治体が住民に向けて放送して知らせるシステムだ。
災害がないときは、イベントなどの行政情報や定時のチャイムが鳴らされることもある。
全国各地に整備されているが、全国の整備率は80%弱で、
残り約20%の自治体ではいまだ未整備となっている。その一つが長崎県大村市だった。
「この地域は地震も水害も少なく、昭和32年の大水害以降、大きな災害とは無縁なため、 防災意識は希薄な地域でした」 大村市・危機管理課の執行武弘氏は語る。
ところが2016年4月、大村市は180度舵を切ることになる。
その直後の夜中、「緊急地震速報」が市内全域で何度も鳴り響く──。
「もしも」が、やってきた。

執行 武弘氏/大久保 和美氏/鈴田 正隆氏

市全体に漂う「穏やかさ」

海なのに、琵琶湖のように見えた。
世界で初めての海上空港の長崎空港に降り、約1kmの長さの橋を渡ると大村市に入る。このとき橋から見える海は、一種不思議な静けさをたたえている。波は極めて小さく、海全体が穏やかなのだ。「海」というより「湖」のようですらある。
その名は大村湾。大村市の目の前に広がる湾である。南北に約26km、東西に約11kmとかなりの広さにもかかわらず、荒々しさは感じられない。
「湾の出口は針尾瀬戸と早岐瀬戸の2か所のみで、針尾瀬戸は対岸までわずか180mしかなく、早岐瀬戸は10mのみです。ほぼ閉じた湾なので波がなく、風が強いときには1mくらいの波にはなるものの、基本的に穏やかな海です」
そう語るのは、危機管理課の鈴田正隆氏だ。
大村湾は、ある意味で大村市の「穏やかさ」を象徴しているともいえる。ほぼ閉じている湾なので南海トラフ地震による津波の影響もほとんどないとされる。坂の多い長崎市は1982年の長崎大水害で土砂災害によって数多くの被害者を出すなど、たびたび水害に見舞われているが、大村市に豪雨はほとんどなく、市内の多くは平野なので土砂災害の心配も少ない。また、地震らしい地震も起きておらず、雲仙普賢岳を抱える近くの島原市や雲仙市と違い火山もないので、火砕流などの被害の心配もない。長崎県のなかでも極めて穏やかな場所なのだ。
「昔から住んでいる人たちは、『ここはのんびりしているから住みやすい』とよく言っています」(執行氏)
大村市は長崎県のほぼ中央に位置し、長崎市、佐世保市ともに車で30~40分で行ける距離にあるため両市に通勤する住民も多い。そのためベッドタウンとして発展し、毎年のように人口は増え続けている。長崎県で人口が増えている唯一の自治体だ。2000年に8万4千人だった人口は、2016年には9万3千人以上と1万人近くも増えた。
「2022年には九州新幹線西九州ルート、通称『長崎ルート』もできる予定で、市内には新大村駅もできます。住みやすい場所なのでさらに人も増えるのではと思っています」(鈴田氏)
住みやすさは人口増につながっているものの、それは行政のある問題につながっている。防災意識の希薄さだ。
「市内には消防サイレンはありますが、ウーと鳴るだけで、具体的な情報を伝えることはできません。住民に何かを伝えるときはマイクを車に積んで市内を回っていました。防災行政無線の必要性も高くなかったというのが実際のところです」
危機管理課の大久保和美氏は語る。
執行氏も「『何もないだろう』という漠然とした思いが市民のなかにあると思います」と言う。
しかし、その姿勢を変えざるを得ないことが起こる。

鈴田 正隆氏

全住民に通知する最適な解とは

「阪神淡路大震災が起こったときに、うちは防災行政無線がないねという話が出ましたが、災害も何も起こらないのでずっと後回しになっていました。そんなとき東日本大震災が起こり、全国的な整備が叫ばれるようになるなかで、大村市も急遽、基本方針をつくることになりました」(大久保氏)
防災行政無線の基本は、行政が伝えたい情報をきちんと「全住民に伝える」ことだ。ところが計画を立てる際、さまざまな自治体の声を聞いてわかったことがあった。屋外にスピーカーを設置しても、大雨などのときは雨音がうるさくて屋内まで音が届かないことがある。そこで、屋外にスピーカーを設置するだけでなく、屋内にも戸別受信装置を設けることで、「内」と「外」から確実に情報を届けようと考えた。
大村市の当初の案は「コミュニティFM」を使う方法だった。コミュニティFMとは、自治体から地元のFM局にお願いをして、緊急速報を割り込みで流してもらうというものだ。さっそく大村市内にある地元FM局に協力を仰ぎ、それを活用し、全世帯にラジオを配ることで屋内から情報を伝えようとした。
「コミュニティFMはふつうのラジオでいいので安く済む点が魅力的でしたが、いくつか課題がありました。FMラジオを点けていないとそもそも緊急放送を聞くことができないこと、仮に地震などが起こったすぐあとにすぐにFMラジオを点けても、発生する前には流せないので情報が後手になってしまうこと。そしてもっとも大きかったのは、電波でした」(鈴田氏)
FM電波の受信状況を調べたところ、山間部で受信できない地域があることがわかり、市内全域をカバーできなかったのだ。
そこで大村市は、防災行政無線では一般的な60MHz帯の周波数を使ったシステムを候補に挙げる。だが、60MHzは屋内に電波が届きにくい特性があり、戸別受信装置1台が4~5万円するほか、屋外にアンテナも付ける必要があり、アンテナ1台で10万円以上もした。予算的にとても導入できる状況ではなかった。
「そこで考えたのが、屋内に280MHz帯の電波を使う方法でした。これは昔のポケベルの周波数を使うシステムで、屋内でも電波がよく届くのでアンテナを付ける必要もありません。戸別受信装置も1台1万円弱と安価でした。そこで屋外を60MHzにし、屋内を280MHzで進めようとしましたが、2つの周波数を使うと操作卓も2つになってしまう。それではあまりに手間がかかるということで、屋外、屋内ともに280MHzにすることにしました」(鈴田氏)
280MHzのシステムは屋内にも電波が届きやすく、戸別受信装置も安価で済むというメリットがある一方で、一点だけ欠点があった。肉声が伝えられないことだ。住民に情報を伝えたい場合は、パソコンで入力した文字データを電波で飛ばし、屋内は戸別受信装置が受信して音声に変え、屋外はスピーカー設置場所で音に変換して流す仕組みだ。
「肉声のほうが緊迫感を伝えられるのでは、という意見もありましたが、肉声だと危ない状況でも職員がその場所にずっといなくてはならず、危険にさらすことにもなります。文字入力という一手間はあるものの、情報はきちんと伝わるので280MHzでもいけると判断しました」(執行氏)
だが、これで終わりではなかった。

執行 武弘氏

予算削減の解決策としてたどり着いた策

「屋内」には安価かつ確実に情報を伝える体制は整った。問題は「屋外」だった。
防災行政無線で一般的に使われるトランペットスピーカーで見積りしてもらったところ、スピーカーを全部で230箇所も設置しなければならないことがわかった。設置費用は一箇所400万円で、総額は約10億円もかかる。また年間のランニングコストは2千万円必要で、コストが想像以上に膨れ上がってしまったのだ。
「コストを削減するには、230箇所という設置数を可能な限り少なくしなければなりません。遠くまで音が届くスピーカーがあればそれを実現できるはずです。そこでトランペットスピーカーは諦め、高性能スピーカーを探すことになりました」(執行氏)
「最低でも1km以上先まで音が聞こえること」を条件にリサーチしたところ、3社の高性能スピーカーを探し出す。
「比較検討することになりましたが、チェックポイントがいくつかありました。一つは当然ながら音が遠くまではっきり届くこと。もう一つはコスト。さらに、大村市は市内に高い建物が少ないので、スピーカーを設置するとなると、高いポールの上に付ける形になるため、強度の面からも重量が軽いほうがいいと思っていました。また、故障したときに修理に1週間や2週間もかかってしまうと困るので、すぐに対応できるサポート体制も重視しました」(執行氏)
コスト、遠くまで音が届く点は3社ともクリアしたが、音質は各社に差が見られた。
「音で重要なのは聞きやすいことです。何を言っているのかわからないと情報を伝える意味がないからです。低音が強いもの、高音が強く出るものなどありましたが、もっとも聞きやすいスピーカーがありました。それまで聞いてきたスピーカーと違い、非常にクリアな音が聞こえ、アナウンスの声もはっきり聞こえました。それが『LRAD(エルラド)』です」(鈴田氏)

大久保 和美氏

直下型なら最悪な事態も。いざ備えよ

「LRADの音を聞いて、一気に『屋外スピーカーはLRADで』という空気になりました。その後、LRADが全方位に音が鳴るので広い範囲をカバーできること、スピーカー本体と金具を含めた重量が他社製品よりも軽量でポールに取り付けやすいこと、さらにメンテナンスもすぐに対応できるということからLRADに決めました」(大久保氏)
スピーカーの設置数は当初の230から58へと大幅に削減。ランニングコストも年間2千万円から1千万円と半分に抑えられ、導入費用も当初のトランペットスピーカー案と比べると約30%のコスト削減へとつながった。
2016年4月に稼働。その2週間後にJアラート発動。4月14日夜9時26分、緊急地震速報が、それから2日後の16日午前1時25分、真夜中の静寂を切り裂くようにまたも緊急地震速報が大村市全域に鳴り響く。熊本地震である。
「びっくりしました。結局、熊本地震で3回の緊急地震速報が流れ、大村市も震度4を記録しました。住民からは『夜中に突然音が聞こえてびっくりした』という声のほか、『しっかり伝えてもらって安心した』という声もありました。住民にとって初めてのことだったので驚かれたと思います」(鈴田氏)
現在、火事があると消防本部から消防団への出動命令がその地域のスピーカーから流れ、大雨、洪水などの警報も流している。
「市からのお知らせなども流したいと思っていますが、あまり鳴らしすぎるとオオカミ少年になってしまうため、通信規定を設けるなどして流す内容を検討したいと思っています」(大久保氏)
2016年11月から戸別受信装置を全世帯に無償貸与する予定で、これにより「内」と「外」の両方から情報を届ける体制が整う。
執行氏はこう警鐘を鳴らす。
「専門家によると大村市内にも活断層があるそうです。また、大村湾で直下型の地震が起これば、大村市にも津波がくる可能性が想定されています。」
一見、何も起こらなさそうに見える穏やかな海、大村湾。そして、平野が続くのどかな風景の大村市。
しかし天地豹変の可能性はゼロではない。
備えの一歩が、今始まった。

LRAD
LRAD

導入された製品情報

エルラド(LRAD)について

LRADは明瞭な音声を遠方まで届ける事ができる新しい防災行政無線スピーカーです。周囲360度に均一な音声を発声する全方位型と、特定エリア向けた指向型をラインナップし、全国の地方自治体で採用が進められています。

エルラド(LRAD)
PAGETOP