周産期医療のリソース不足を乗り越えろ新医療拠点、IT駆使で逆境と戦う【埼玉県立小児医療センター/清水 正樹/矢島 彰人】

その建物は圧倒的な威容を誇っていた。一棟は高さ65.19m、もう一棟は68.14m。
場所はさいたま新都心駅から徒歩5分の広大な土地。そこに2つの建物が競い合うかのように並び建っている。
一つは埼玉県立小児医療センター。もう一つはさいたま赤十字病院。両病院とも、もともと別の場所にあったものを、埼玉県が同じ場所へ移設することを英断し、満を持して竣工した。埼玉県はこの2つの建物を総称して「さいたま新都心医療拠点」と呼ぶ。
2017年1月のオープン、その日をずっと待ち望んでいたのは、小児医療センターの清水正樹医師だ。
「さいたま新都心医療拠点ができることで、埼玉県が長い間抱えていた課題を解決するための大きな一歩となります。」
清水医師の強い願いと埼玉県のバックアップによって実現した、全国初のある取り組みもその要因である。
出発点、それは「変えたい」という清水医師の思いだった。

埼玉県小児医療センター

厳しい環境にあった埼玉県の周産期医療

救急車がサイレン音をけたたましく鳴らし、滑るように病院の敷地内に入ってくる。
運ばれてくるのは子ども。生まれて間もない赤ちゃんが運ばれることもある。
ここはさいたま市の埼玉県立小児医療センター。埼玉県唯一の小児専門病院だ。その新生児科 部長を務めているのが清水医師である。
「妊娠22週から生後満7日未満までの期間を『周産期』と呼びます。国は周産期の医療体制を充実させるべく、最新鋭の設備を備え母体の救命救急とハイリスク妊娠への対応や、高度な新生児医療などが行える医療機関『総合周産期母子医療センター』の整備を進めています。埼玉県では埼玉医科大学総合医療センターがその役割を担っており、さらに、2017年からは、さいたま新都心医療拠点も総合周産期母子医療センターとして本稼動しています。このように、埼玉県内には周産期医療の砦が2つあるのです」
今回、さいたま新都心医療拠点ができた背景には、埼玉県が長年課題としている状況が大きく関わっている。長年の課題、それは人口あたり医師数の少なさだ。
2015年12月に厚労省が発表した「平成26(2014)年医師・歯科医師・薬剤師調査の概況」によると、人口10万人あたりの医師数が埼玉県は158.9人で、1位の京都の326.3人と比べると半分ほどしかいない。全国平均でも244.9人で、首都圏のマンモス県としては医師の数がかなり少ないことがわかる。
その理由を、さいたま新都心医療拠点プロジェクトに携わっている埼玉県保健医療部保健医療政策課の矢島彰人主幹はこう推測する。
「埼玉県は東京都に近いので、東京の充実した医療機関に依存している部分があると考えられます。しかし、東京は東京で引き受けるべき患者さんがいます。いつまでも頼っているわけにはいかず、埼玉県内で医療体制を完結させたいとの思いを常に抱いていました」
医師不足は、周産期医療を行う産婦人科医、小児科医でも同様だ。
埼玉県の人口は約730万人、年間の出生数は約5万人、いずれも全国5位である。ところが15~49歳女子人口10万当たりの産婦人科専門医の数は全国でもっとも少なく、15歳未満人口10万当たりの小児科専門医も茨城県に次いで2番目の少なさだ。
「先天性疾患を抱えた赤ちゃんは統計学的にある一定の割合で生まれることがわかっています。出生数が多いということは、それだけ先天性疾患を抱えた胎児数も多いということです。しかしながら周産期の医師が少ない。県内の周産期医療は非常に厳しい環境にあるといえます」(清水医師)
出生数は多いのにそれに見合った医師数が確保できていない。清水医師はやや語気を強めてこう語る。
「見逃してはならないのは、それによって重大な問題が起きていることなのです」

清水 正樹 氏

無視できない医師不足による赤ちゃんへの影響

周産期の医師が不足している埼玉県。
医師不足が引き起こしていた問題の一つ、それは患者が県外に流れていることだった。矢島主幹は語る。
「県内で、妊娠6か月以降で緊急搬送される妊婦さんの数は毎年1,100件くらいです。ここ3年間ではそのうち130件前後、パーセンテージにすると11~12%が東京都を中心とする県外に搬送されています」
県外搬送が起こるのは医師不足だけが原因ではなく病院体制の問題も指摘されている。清水医師は語る。
「私がいる小児医療センターはあくまでも『小児科』のみで、『産科』はありません。赤ちゃんが生まれる施設ではないのです。そのため、胎児になんらかの異常が認められた場合、都内の専門病院にお願いすることが多いのです。生まれたあとも外科的な治療が数週間から数か月はかかるので、家族はその間ずっと県外の遠い病院まで足を運ばなければならない。これは大きな負担になっていたと思います」
そしてもう一つ重大な問題があった。赤ちゃんへの影響である。
産科医が少ないために胎児診断がままならず、生まれてから初めて先天性疾患があることがわかり、慌てて小児医療センターに救急車で運ばれるというケースも過去に少なからず発生していた。
「先天性疾患として多いのは心疾患です。また気道や肺、内臓の臓器に先天性疾患がある場合もあり、疾患によっては生まれてすぐに新生児科医や外科医が治療を開始しないと障害が残ってしまうことや、最悪の場合死に至るケースもあります。私はこの病院に勤務して20年以上になりますが、そうした例を本当に数多く経験してきました。もっと胎児の段階で診断できていたら、治療の計画も早く立てられ予後もよくなったはずです。元気な赤ちゃんが生まれてくると信じていた親御さんが悲しんでいる姿を目の当たりにするたび、『この現状をなんとかしたい』という思いをずっと胸に抱えていました」(清水医師)

2つの病院を併設し、産科と小児科をシームレスにつなぐ

どうすればこの現状を変えられるのか。
一般に考えられるのは医師数を増やすことだが、それは一朝一夕にできることではない。
「医師を増やすのは国の政策にかかわる部分です。医学部の定員を増やしたり、医学部を新設したりするのは国の管轄です。埼玉県にできることは限られており、それ以外の部分で対策を考える必要がありました」(矢島主幹)
埼玉県では「医師育成奨学金制度」をつくり、将来、医師として埼玉県の地域医療に貢献したいと考えている埼玉県出身の県外大学医学生に奨学金を貸与する制度を開始。特定の医療機関に一定期間勤務すれば返還免除などの対策を打ち出す。しかし、そもそも育成に時間がかかる長期的な施策であった。すぐに成果にはつながっていくことはないものか。急激に医師数を増やすことは無理。かといってこの問題を放置するわけにもいかない。そんなとき、発想を転換する大きな出来事が起こる。東日本大震災である。
「小児医療センター、さいたま赤十字病院ともに耐震性に問題がありました。病院が崩壊してしまっては医療拠点を失ってしまうことになります。そこで建て替えを検討し、そこで出たプランが2つの病院を並べて建てることでした。医師も看護師も増やせないなかで、それぞれの強みがある病院が並び立つことで、1+1=2ではなく、3にも4にもなるだろうと考えたのです」(矢島主幹)
清水医師は2つの病院が連携する意義をこう語る。
「さいたま赤十字病院には産科があります。そこと協力して胎児診断をつけることができれば、出産後すぐに小児医療センターの新生児科医、外科医につなぐことができます。そうすれば生まれてから治療までにタイムラグがなくなり、赤ちゃんの予後もよくなるはずです。産科と小児科がシームレスにつながることは非常に大きなメリットをもたらすと思います」
2011年半ば、2つの病院の移転構想が持ち上がり、住民や医師会などと相談しながら、2014年2月に着工する。それからわずか数か月後、清水医師は膨大な資料を手に、埼玉県にある提案をする。

矢島 彰人 氏

「遠隔胎児診断支援システム」で地域の産科をつなぐ

さいたま赤十字病院の「産科」、小児医療センターの「小児科」。この2つがつながることで出産から治療までのタイムラグがなくなるのは確かである。
しかし、県内のすべての赤ちゃんがさいたま赤十字病院で生まれるわけではなく、多くは各地域の産科で生まれる。地域の産科で先天性疾患を抱えた赤ちゃんが生まれた場合、治療するために拠点病院まで搬送する必要があり、どうしてもタイムラグができる。それでは従来の課題が解決されたとは言い難い。清水医師が考えたのは、この問題を解決できないかということだった。
「解決するために重要なのは、やはり『胎児診断』です。しかし、地域の産科医が、超音波画像に見えるごくわずかな変化をとらえるには修練の時間が必要であり、忙しい日々の中でその時間を確保してもらうのは難しいことでした」
しかし、このままではまた同じことが繰り返されることになる。
清水医師はあるものに着目する。「遠隔胎児診断支援システム」である。
「同じ小児医療センター内の小児循環器科の先生が、埼玉県内の9か所の産科とテレビ会議システムでつなげて循環器系の疾患を早期に見つける試みをしていました。そうしたシステムを埼玉県全体の産科に広げることで、埼玉県全域の産科の胎児診断ができるのではないかと考えました」
全国に目を向けると、大学病院が関連病院とつながるなど小さなネットワーク内における遠隔診断支援システムはいくつか存在していた。しかし、自治体それも県レベルの大規模な遠隔診断支援システムは全国のどこにも見当たらなかった。
清水医師は、自身も公務員であることから、行政を動かすのが容易ではないことをよくわかっていた。そこで多くの論文をあたり、説得力のある資料を探し始めた。胎児診断によって赤ちゃんの予後がよくなることを示したデータを2年がかりで集め、その資料を手に埼玉県の保健医療政策課に提案したのだ。矢島主幹はこう語る。
「清水先生はとても強い熱意をお持ちです。県としても周産期医療の改善は大きな課題でしたのでなんとかしなければと思っていました。先生の意志を受け取り、力になりたいと我々も動き出しました」

遠隔胎児診断支援システム接続図

小児科と産科の間に生まれていた溝

遠隔胎児診断支援システムの実現のためには、地域の産科の協力が欠かせない。
「産科は赤ちゃんが生まれるまでを担当します。産科では対処できないような重大な問題を抱えた赤ちゃんが生まれたら、すぐさま小児医療センターなど専門の病院に移送されます。清水先生は小児科医として障害が残ったり亡くなったりする子どもたちを多く見てきたので、生まれる前の段階で少しでも事態を把握できていればもっといい治療ができるのでは、という強い思いがありました」(矢島主幹)
清水医師と当時の保健医療政策課担当者は、県内の産科の医師が集まる産婦人科医会の会議に何度も説明しに足を運び、県内の新生児医療の現状、遠隔胎児診断支援システムの有効性を訴えていった。
「最初は『なんで必要なのか』というそもそも論から始まりましたが、繰り返し丁寧に説明をしたところ、最終的には深く理解してもらえました。予算もついて、ようやく動き出すことが決まりました」(清水医師)
清水医師が埼玉県に提案してから、すでに1年以上の月日が経っていた。

絶対に譲れなかった映像の解像度

このシステムが有効に働くためにはある絶対的な条件があった。
「私がいちばん気にしていたのは、超音波映像の鮮明さでした。胎児の細かい血管や心臓の弁の動きなどを観察するためには、地域の産科医が見る映像と同じ解像度でなければ状況把握の精度が下がってしまいます。胎児診断支援は赤ちゃんにとって大きな影響を与えるだけでなく、赤ちゃんをお腹に抱えるお母さん、そしてその家族も深く関わることになりますので、高い解像度は絶対に譲れない一線でした」(清水医師)
いくつかのメーカーの中から、入札に参加した業者が提案したのが『Vidyo』。その拡張性は清水医師も評価している。
「遠隔胎児診断支援システムは、現在、県内の21の産科とつながることになっていますが、将来的には県内全域の産科施設とつながりたいと考えています。発展性という観点から見ると他社とは大きな違いがありました」(清水医師)

将来は小児科、在宅医療にもつながるシステムに

2017年1月、「さいたま新都心医療拠点」がスタートした。同時に、清水医師が強く望んでいた「遠隔胎児診断支援システム」も始まる。
清水医師は顔をほころばせながら言う。
「妊婦さんが大きなお腹を抱えて、さいたま新都心まで来るのは体に大変な負担がかかります。遠隔胎児診断支援システムを使えば、妊婦さんは地域の産科に通いながら専門病院の助言を受けることができます。その意味で遠隔胎児診断支援システムは画期的だといえます」
まずは胎児からスタートするが、清水医師は将来的には退院後に在宅医療に移行した場合にもこのシステムを使えるのではないかと考えている。
「地域の小児科とさいたま新都心医療拠点がネットワークでつながることで、遠隔地にいても同じように専門の高度な診断支援を利用することができるようになるはずです。また、自宅でタブレットやスマートフォンを使うことで、その映像を我々が病院で見ながらアドバイスをすることも視野に入れています」
矢島主幹は、「遠隔胎児診断支援システムは産科施設で経済的な負担があるため、今現在、県内すべての産科が加わっているわけではありません。ただ分娩数は医療機関によっても違うので、産科数ではなく、全分娩数のカバー率にこだわっていきたいと考えています」と語る。
「どの地域に住んでいようとも、県内で生まれる子どもは皆平等に同じレベルの医療が提供できるようにしていきたい」と意気込む清水医師。2017年1月、総合周産期母子医療センターが稼動し、遠隔胎児診断支援システムも本稼働しつつある。
慢性的な医師不足に悩む埼玉県。
この逆境を、全国に例を見ない最先端の挑みで乗り越えようとしている。

導入された製品情報

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