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信州大学 導入事例

信州大学農学部

共生。
我々は何かしら自分とは違う存在と共に生きていかなければならない。
言語によるコミュニケーションが通じない「動物」となると、一筋縄ではいかない場合もある。
人の生活圏に動物が入り込み、さまざまな害を与えてしまう鳥獣被害。
信州大学農学部の竹田謙一准教授は、人と動物との共生を探り、
これまでいくつものより良き共生の手立てを模索してきた。
そうしたなか、あるものに注目する。
小型で手軽、シンプル。人への害も少ない。
人と動物の共生の最前線を、追った。


長距離音響発生装置
「エルラッド(LRAD)」について

LRADは的確な指示・合図を目的到達地点に与えたり、不用意に近づくものに注意喚起を促したりできる高い指向性をもった長距離音響発生装置です。 群集コントロールや、湾岸警備、船上からの指示・警告・誘導、進入禁止エリアでの防犯、空港でのバードストライク、防災等様々なシーンで活躍します。

エルラッド(LRAD)エルラッド(LRAD)のページはこちら
野生動物対策センター

年間190億円もの鳥獣被害

年間190億円もの鳥獣被害につて語る竹田謙一准教授初夏にもかかわらず、山々の頂には雪。
東に南アルプス、西に中央アルプスがそびえ、中央に天竜川が流れて南北に盆地を形成している。3,000m級の山々の頂は気温が低く、その下には岩肌がのぞき、さらに下に目をやるとようやく樹木が茂り始めていた。
信州大学農学部はその盆地の中にあり、森の木々に埋もれるようにキャンパスがある。ここで動物の行動などを研究しているのが竹田謙一准教授である。
「私の専門は大きく2つあり、1つは応用動物行動学で、人と動物がかかわる行動を研究しています。具体的には動物の習性を利用しておびき寄せたり追い払ったり、あるいは動物にとってストレスのない環境とはどんな
ものなのか、といった研究です。そしてもう1つが鳥獣被害対策、つまり動物による農作物などの被害対策の研究です」
鳥獣被害は一般にはあまり知られていないが、その被害は全国に及び、被害額も甚大だ。2008年度の全国の鳥獣による農作物の被害額は約190億円。うち獣による被害は130億円にも及び、シカ、イノシシ、サルの被害だけで8割にも達する。「離農した理由」の調査で、1位に高齢化、2位に後継者不足で、3番目の理由として鳥獣被害が入ったほどだ。
「鳥による被害は対策の効果もあり、減少していますが、獣の被害は過去10年ほど横ばいです。それもあらゆる手を打ってなんとか横ばいにしている、という状況で、少しでも手を緩めるとすぐに被害が増える可能性があります」
農作物の歴史は、気候や病害だけでなく、動物、害虫との戦いの歴史でもあったが、獣被害の対策は遅れていた。
「害虫は昔から研究が進められ、害虫の出没時期と合わせるように農薬散布などのカレンダーができあがっています。ところが、獣被害が顕著になってきたのはここ十数年のことで、対策がまだ追いついていないのです」
それしても、獣被害が急速に増えているのは、なぜだろうか。


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田舎だけの問題ではない

田舎だけの問題ではない

竹田准教授はその原因の1つとして、日本の里山の現状をあげる。
「これまで山奥にいた動物が住宅街に下りてくることはまずありませんでした。理由は里山があったからです。里山とは、里と自然の間にある森のことで、薪やキノコを採るなど人が利用してきました。動物は人を見れば逃げてしまうため、山から出ようとしませんでした。いわゆる、緩衝帯になっていました。ところが、後継者不足や高齢化によって離農者が増えるなど農村の過疎化が進み、里山に人がいなくなってしまいました。動物たちは容易に山から人里に出られるようになったというわけです。人里には畑もあり、食べ物が容易に手に入るため、頻繁に出てくるようになったのです」
獣類の個体数の増加も深刻だ。以前は、冬になると地面が雪で覆われ、弱っている動物は食べ物に困って餓死する場合もあった。しかし、温暖化の影響で雪が少なくなり冬でも食べ物に困らない。また、猟友会のメンバーの高齢化や、猟をする人が減っていることもあり、個体数は増加の一途をたどっている。なかでもシカは繁殖力が高く、著しく増えているという。
「シカは栄養状態がいいと1年で20%も増えます。つまり5年で倍になる。食べる量も多く、1日になんと2〜3kg。しかも、乾燥重量で計算していますので、いかによく食べるかがわかっていただけると思います」
そして竹田准教授は「獣被害は決して田舎だけの問題ではありません」と力説する。
「ここ数年、東京や名古屋など大都会でサルの出没が話題となっています。東京の奥多摩では、植林した杉の苗をシカが食べてしまい、山が裸地となって土砂が流出し、水道の取水口をふさいでしまったことがあります。しかも、その取水口は東京23区の住民向けだったのです」
こうした状況に対して、地方自治体などがさまざまな取り組みを実施している中、獣被害対策を専門としている竹田准教授にも、被害対策への考案依頼が多く寄せられている。
竹田准教授はいう。「相手は知恵のある動物ですからね」
騙すか騙されるか──。それは人と動物の知恵比べと言うことができるかもしれない。


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苦戦する数々の獣被害対策苦戦する数々の獣被害対策

苦戦する数々の獣被害対策

獣被害対策は大きく3つある。1つは「被害管理」と呼ばれるもので、もっとも多くおこなわれている方法だ。
「『被害管理』は簡単にいうと柵を設けたり、追い払ったりすることです。2つ目が『生息地管理』というもので、動物が住める森をつくったり、人と動物の境界線に緩衝帯のようなものをつくる方法です。動物は森が突然開けていたりすると警戒してなかなか出ようとしない。そこで、木々を帯状に刈ってわざと開けた場所をつくるわけです。そして3つ目が『個体数管理』、すなわちハンティングです」
どれも有効に思えるが、それが一筋縄ではいかないという。
たとえば「被害管理」における柵の場合、小さな畑だけを囲うならいいが、そこだけ囲ってもほかの畑に侵入されてしまうため、地域全体で取り組む必要がある。また、柵はイノシシやシカには有効だが、サルは柵を登ってしまうため、電気柵を使うことになる。これは設置費用もかかる上、メンテナンスを怠るとすぐに雑草が茂り、漏電や効果減少といった事態をまねいてしまう。
「獣を追い払うことは、体力も必要で高齢者では無理。犬を使って追い払う方法もあるものの、その訓練に膨大な時間を費やさなければいけません。『生息地管理』で緩衝帯を設ける方法も手間がかかり、『個体数管理』でのハンティングも8人で山の中を1日中歩き回って1頭を獲るのが精一杯なため、決して効率がいいとはいえませんでした」
またサルは、下手に捕獲してしまうと、群れが分裂して四方から入ってくるようになり、逆に防がなければならない箇所が増えてしまうという問題もあった。
「いろいろな対策を同時におこなうことで多少なりとも効果が出るのですが、それでも被害は一向に減らない。何かいい方法はないかと思案していたとき、『これは』と思ったものがありました。『音』です」


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気づいた「音」の可能性

気づいた「音」の可能性

音。
竹田准教授が音の可能性に気づいたのは、ある研究でのことだった。
「牛を増やすために、放牧しているメスの発情牛を集めて人工授精をおこなう際、広い放牧地から発情牛を探すのは大変な苦労なのです。発情牛が勝手に種付け場まできてくれる方法はないだろうかと考えました」
当初、竹田准教授はオス牛の等身大写真をポスターにしてみたが、ポスターに目をやるもののまったく近寄ってこなかった。そこで発情牛の前に、種付け用と去勢された牛を並べてみたところ、種付け用の牛に近づいていった。
「メスの発情牛はどうやって種雄牛と去勢牛の違いを判断しているのかと考え、気づいたのが種雄牛が出している声でした」
種雄牛はメスを呼ぶような声を出しており、それに反応していると考えたのだ。竹田准教授は種雄牛の声をスピーカーで聞かせ、さらに尿など複合的な刺激を用意した。すると、発情牛がどこからともなく勝手に集まるようになったのだ。
「そもそも動物は、最初に『音』で群れの方角などを認識し、次に『視覚』、最後に近づいて『におい』で確認します。つまり、音は動物を動かす最初の一歩になるわけです。音が他の対策と比べて優れているのは、遠くにいる動物に対しても有効で、住宅街などで使用する場合でも危険が少ないことです」
だが、実際の音による対策となると、その現状は甘くない。ロケット花火で動物を追い払おうとしたところ火事になってしまったり、駅前にサルが出たのでスピーカーで騒音を出して威嚇したところ、「スピーカーから出る音のほうが迷惑だ」とクレームがきたりしたケースもあったという。
そんなとき、竹田准教授はあるものを知る。
「アメリカ製の『エルラッド(LRAD)』というスピーカーです」


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手ごたえを胸に、新たな対策を模索する信州大学 竹田謙一准教授

手ごたえを胸に、新たな対策を模索する

竹田准教授が興味をもった遠距離音響スピーカー『エルラッド』は音の指向性が非常に高く、数百m先、機種によっては2km以上先まで届く大音響を発生させることが可能だ。
「指向性が高いということは、近隣に迷惑をかけることなくピンポイントに音を動物に聞かせられるということを期待できます。また、遠くまで音が届くのも魅力的です。発情牛を呼び寄せる実験の際、ふつうのスピーカーだと100mほどしか届かず、音量を上げると音が割れてしまいます。これならば、1km先の牛も呼び寄せることができるかもしれない。またハンディタイプの商品もあると聞き、それなら高齢者の方でも扱うことができるだろうと考えています」
2009年初夏、竹田准教授はさっそく『エルラッド』のスピーカーを使い、簡単な実験をおこなった。キャンパス内で飼っている羊の群れに対し音を鳴らし、どういう行動をとるか試したのだ。羊の群れまでの距離は20~30mほど。スピーカーのスイッチを入れる。「ピーピーピー!」という警告音が流れる。羊たちにスピーカーを向ける。動かない。音量を上げる。動かない。さらに上げる。そのとき、羊の群れはおびえるように一斉に逃げていった。
「今回は“人が嫌がる警告音”を使いましたが、本来なら“動物が反応する音”を流さないといけません。どういう音を嫌がるのか、好むのか、そうした研究がこれからどんどん進んでいけば、より効果的にこちらが期待する行動をとらせることができるはずです。また、音とともに視覚やにおいなどもセットにして『動物に効く体験』を増幅させる工夫も必要だと思います」
竹田准教授は、動物に効く音について、こんな実験もしてみたいと話す。
「子牛の鳴き声を聞かせると、乳がよく出るホルモンが分泌されるという論文があるのです。搾乳の前に子牛の声を聞かせたら、生産性のアップにつながるかもしれませんね」
また、牧場に等身大のシカの模型を置いておびきよせる、という実験もしているが、そこでも音の効果を試してみたいと言う。
「最近おこなった実験では一度に40頭も捕獲できました。模型という『視覚』だけでこれだけ集まったので、『音』を加えればさらなる効果が期待できるはずです」
追い払うための音、おびき寄せるための音、そして生産性を上げるための音──。研究したいテーマが次々と出てくる。
「鹿から話が聞ければ、研究も楽なんでしょうが」
何とかしたい、人のために、そして鹿のために。やさしげな表情の中に、強い情熱を感じた一瞬だった。「音」という新たな力を手に、竹田准教授は人と動物の共生の道を探っている。


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