さらなる高みへの0.01mm
競争力を生み出すリバースエンジニアリング
名古屋特殊鋼 野村 学司 氏


トライアスロン最高峰の大会である『トライアスロン世界選手権シリーズ』。
世界各国で開催されるシリーズ戦で、それぞれの大会における獲得ポイントの合計を競い、
世界一のトライアスリートを決定する。
その日本ラウンドというべき一戦の開催が、2011年5月神奈川県横浜市で予定されていた。
組織委員会事務局の事務総長を務める大久保挙志氏。
「世界大会という大舞台を開催するにあたり、横浜のホスピタリティをもって、
万全な体制で選手、観戦者を迎える準備をしていました」
ところが、『3.11』を境に状況は一変。
開催を5月から9月に延期せざるを得ない状況となった。
地震、津波という最悪の事態に遭われた被災地の方々を思う心の中で、
あらゆる人たちの知恵と努力と思いが、開催実現に向かって結集する──。
赤レンガ倉庫、山下公園、中華街、ベイブリッジ──。
数多くの観光スポットがある横浜市。その中心部の桜木町と関内のほぼ中間にあるのが横浜市体育協会だ。このなかにトライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会組織委員会事務局が設置されている。
大会事務局の事務総長であると同時に、横浜市体育協会の常務理事でもある大久保挙志氏に話を聞いた。
「多くの自治体が教育委員会のなかにスポーツ行政を置いているなか、横浜市は2006年、子供から高齢者まで、市民誰もが生涯にわたっていつでもスポーツを通じて、元気に生活できる社会の実現をめざし、市民局にスポーツ振興部をつくりました。その中で横浜市体育協会は、横浜市の一翼を担うべくスポーツ行政の推進と振興を目的に、スポーツイベントなどの開催、行政が建設したスタジアムやスポーツセンターの管理運営などを行っています」
そして2009年、「市民に夢と希望と感動を」を目的に、「横浜港開港150周年」にあたる記念事業として開催することになったのが『トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会』だ。
これは、国際トライアスロン連合(ITU:International Triathlon Union)が、新しいシリーズ戦として2009年よりスタートし、トライアスロン世界最高峰の大会として位置づけられている。世界のメジャーな都市の中心部で競技を開催することで、「オリンピックスポーツ」としてのトライアスロンを、さらに認知させるように戦略的な運営を行い、今日までにシドニー、ロンドン、マドリード、ハンブルクなどで開催されている。
「横浜開催が決まったのは2007年です。日本トライアスロン連合(JTU:Japan Triathlon Union)が開催地として横浜市を選出し立候補しました。ちょうど横浜市では2009年が『横浜港開港150周年』にあたり、その記念事業にふさわしいことから受け入れたわけです」
だが大久保氏はすぐに、トライアスロンの“大都市”での開催が、想像以上に困難であることに気づかされる。


開催にあたり、ITUはいくつかの条件を出していた。
「都市中心部で競技を開催すること」「大勢の観戦者が集まること」
つまり、郊外ではなく、集客しやすい街の中心部で行うことが義務付けられているのだ。
「せっかくなら、多くの観光客で賑わう山下公園周辺で開催しよう、ということになりました」
しかし、さまざまな問題に直面することは容易に想像できた。トライアスロンはスイム(水泳、1.5km)、バイク(自転車、40km)、ラン(マラソン、10km)の3つの競技を連続して行うが、山下公園を中心にするとなると、スイム会場は山下公園前の海域となる。
「横浜市は下水道普及率99%なので、公害が社会問題となった昭和40年代と比べれば、水質はきれいになっていました。実はその時点でも競技が実施できる基準はクリアしていたのですが、シーズンにより赤潮が発生するなどしていました。選手も観戦者も気持ちよく参加してもらうため、トライアスロン大会を契機に、横浜市環境創造局の『昔のようなきれいな海を創ろう』事業として、山下公園前海岸の浄化実験を3年がかりで実施していただきました」
横浜市環境創造局では、山下公園前の海域を水中スクリーンで囲んで濁水が入ってこないようにし、そこに付着する貝類などの生物の力で浄化していこうと、大掛かりな浄化作戦を立て実施していった。
そして、もう1つ大きな問題が交通規制だった。陸上ではバイクとランの競技が実施され、開催期間は2日間にわたる。これは競技中の数時間、横浜市内でもっとも交通量の多い山下公園前の大動脈に車が入れなくなることを意味していた。
運転を控えてもらうお願いをすると共に、迂回ルート案内のPRを精力的に実施。駐車場も出入りができなくなるため、コース周辺の企業や住民等に交通規制の理解を求め、さらに1軒1軒ポスティングをして回った。
「開催日までの残りの1年間は、理解を求めるための外回りがほとんどでした。『トライアスロンの世界大会を計画しています。何かありましたらこちらまで連絡してください』とひたすらお願いをしました」
2009年8月22、23日、トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会開催。スタッフは朝4時に起き、7時からの交通規制に備えた。集まった観客は2日間で27万2,000人。そして、注目すべきは、行政機関への苦情がゼロだったことだ。
「非常によくできた大会でした」
ねぎらいの言葉に思わず感極まった、と大久保氏は語る。
翌2010年、アジア太平洋経済協力(APEC:Asia Pacific Economic Cooperation)首脳会議が開催され、時期が重なってしまったため辞退せざるを得なかったものの、2011年、横浜市は再度手を上げる。
今回はエイジ部門(一般枠)があり、募集開始からわずか半月で国内、世界から2,000人が集まった。
日本一のトライアスロン大会へ、意気揚々とするスタッフ。


2011年3月11日、東日本大震災。続いて起こる原発事故。すべてが暗転する。
大会は5月14、15日に開催予定だったが、出場選手や大会関係者の不安は高まるばかり。
4月初旬、ITUはシドニーで理事会を開く。選手派遣を見送る決定を下そうとする各国の協会や渡航反対を表明している選手に向け、大会事務局が出向きJTUと共に現状を説明。その結果、「開催可能」の決断が下される。
ところが、それからわずか10日後の4月12日、経済産業省原子炉安全・保安院が、福島第一原発の事故について、「国際原子力事象尺度」の暫定評価を「レベル5」から最悪の「レベル7」に引き上げると発表。
事態は再度急転。4月19日、横浜市は5月開催断念を発表せざるを得なくなる。中止も選択肢としてあったが、林文子横浜市長の「こういうときこそスポーツをもって勇気と元気を横浜から届けたい」との判断により“延期”とされ、9月開催となった。
9月、選手たちは横浜に来てくれるのか──。
JTU、そしてITUがすかさず動く。マリソル・カサドITU会長は、横浜大会をこう位置づけるのだ。
「ヨコハマ/ジャパン“ソリダリティ(連帯)”」
苦難に直面する日本を支援する大会とし、2012年のチャンピオンシップポイント付与、さらにロンドン五輪ポイントも付与するとした。日本の震災復興のために、選手が「参加したい」と思う動機づけを特例として与えたのだ。
参加を表明する選手たち。この粋な計らいに大会事務局も応える。選手たちが心から安心して競技に参加できるための「安全対策」に着手するのである。
2011トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会に設置される高い指向性をもった長距離音響発生装置、LRAD(エルラド)。山下公園(沖合)に係留されている日本郵船氷川丸などに3台設置することで、スイムのエリア(周回750m)すべてをカバーする。
地震対策のマニュアルは、すでに2009年に作成されていたが、問題は津波対策。今回の東日本大震災ほどの津波は想定されていなかったからだ。山下公園周辺は埋立地であるために山らしい山がない。津波が来ても逃げ場がない。そこで、神奈川県警察本部がアドバイスをする。
「3階建て以上のビルを非常時の避難場所にしたらどうか」
大会事務局はさっそくビルの施設管理者から許諾を得るべく、1軒1軒訪問。結果、訪問したほぼすべての施設管理者から了解を得る。そして、関係者がもっとも懸念したのが「スイム」中の避難方法だった。
「泳いでいるときは視界も狭く、音も聞こえにくい。津波警報が出たときに選手たちにどう伝えるべきか頭を悩ませました」
屋外に設置されているスピーカーを使う方法、警戒船に乗ったスタッフがハンドマイクで知らせる方法、スタッフに赤旗をもたせて上下に振ったのを合図に避難してもらう方法──。
広い海でどれだけ音が聞こえるのか、赤い旗も泳いでいるときに確実に目に入るものなのか。最適な解答を模索しているとき、ある機器を紹介される。
「LRAD(エルラド)」。高い指向性をもった長距離音響発生装置。
「屋内のスポーツなら音が伝えやすいものの、トライアスロンは範囲が非常に広いのでふつうのスピーカーでは音がかき消されてしまう。LRADは種類によっては3km先まで届くということでした。そこでこの音響発生装置を山下公園(沖合)に係留されている日本郵船氷川丸などに3台設置することで、スイムのエリアすべてをカバーすることにしました」
競技前の選手たちへの説明会で、大久保氏らは今大会でどれほどの安全対策を施しているのかを、具体的かつ詳細に説明する予定だ。
「私たちが選手たちに伝えたいのは『安心感』です。どんな質問にも答えられれば選手たちも信頼してくれるはず。そのためにもあらゆることを準備しておきたいのです」
今大会、横浜市にある数多くの企業の他、多くの横浜市民が「市民サポーター」として協力し、資金的なバックアップを行っている。企業と市民が一体となった稀有な大会でもある。
日本支援のために最大限の計らいをしてくれたITUとJTU、日本を信じて来日してくれる選手、そして、何よりもスポーツの世界イベントに総力を挙げて応援してきたオール・ヨコハマ。
2011年9月18日、万感の思いを胸に秘めて、その日を迎える。
| 開催日 : | 2011年9月18日(日) エイジの部(一般、パラトライアスロン、リレー) 2011年9月19日(祝・月) エリートの部男女 |
| 開催場所 : | 山下公園周辺トライアスロン特設会場 (山下公園スタート・フィニッシュ) |
| 主催 : | 国際トライアスロン連合 トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会組織委員会 |
| [構成団体] 横浜市、(社)日本トライアスロン連合、(公財)横浜市体育協会、(株)日刊スポーツ新聞社 他 |
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