支えてくれる人々に夢を届けたい最高の舞台で最高のパフォーマンスを。【世界トライアスロンシリーズ横浜大会事務局/酒井 信治・小澤 紘樹・上田 藍】

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選手、スタッフ、ファン、皆の願いが通じたかのように空は青く澄み渡っていた。
2012年9月29日、横浜・山下公園、朝8時。
酒井信治と小澤紘樹は安堵の表情で空を見つめていた。
「前日まで台風で大荒れだったので本当にほっとしました。
選手が大会に集中できる環境を整え、無事大会を終えることが我々の使命ですから」
秋のゆるやかな風が公園のこずえを揺らす。
2人は世界トライアスロンシリーズ横浜大会事務局のスタッフ。
酒井は競技運営部会長として、小澤は安全管理のチームリーダーとしてこの日のために備えてきた。
山下公園前のスイムのスタートライン。ここにもう1人、特別な思いを抱えた人物がいる。
上田藍。北京、ロンドンオリンピックのトライアスロン日本代表。
上田はトライアスロンのプロのアスリートとして横浜大会のコースづくりにかかわった。
「舞台づくりに携わったことで、陰で支えてくれる人たちのためにも
大会を盛り上げようという気持ちが自然に芽生えてくる。それが私の力にもなっているんです」
気温23.6度、水温23.0度。
8時6分、会場は一瞬の沈黙に包まれる。
「Take your marks」
号砲。
「藍ちゃん頑張れーっ!」
多くの人々の声援を背に受け、上田は小さな身体を力一杯しならせ、海に飛び込んでいった。

左から酒井 信治 氏・上田 藍 選手・小澤 紘樹 氏

バイク最終周で一気に45秒も差を詰める

選手たちが、次々と山下公園前の海へと飛び込んでいく姿を、酒井と小澤は安堵の表情で見つめていた。昨日から台風の影響で風が強く、つい10時間前までは「開催できるのだろうか」と思っていたからだ。
世界トライアスロンシリーズ。トライアスロンのプロの選手が1年に世界中で8戦し、合計ポイントによって年間チャンピオンを決めるトライアスロンの最高峰の大会。2012年横浜大会は第7戦目にあたっていた。
スイム1.5km、バイク(自転車)40km、ラン10kmの計51.5km。スイムは海上に設けられたブイとブイの間0.75kmを2周、バイクは赤レンガ倉庫の先までの5kmを8周、ランは2.5kmを4周する。
スイム競技は最初こそ31人の大集団を形成していたが、泳力の差によって少しずつ散けていき、扇型だった集団が細長くなりつつあった。
1周目が終わった時に、
「上田選手はトップと45秒差です」場内アナウンスが告げる。
2周目に入るとトップ集団と最後尾集団の差が開いていく。スイムが終わった時点でトップと1分49秒差。だが上田は典型的な追い上げ型で知られている。スイムよりバイク、バイクよりランを得意とし、後半になればなるほどその力を発揮する。すぐに靴をはきバイクにまたがる。大声援のなか、時速40km近い猛スピードで横浜の街を駆け抜けていく。
トライアスロンのバイク競技には、「交替でトップを走る」という暗黙の了解事項がある。時速40km近くにも達し空気抵抗は半端ではなく、選手たちは前を走る選手の後ろに追尾して風よけをつくろうとする。トップを走る選手は、空気抵抗により疲労がたまってしまうことになる。そこで選手たちは、交替でトップを走り疲労を分散するように協力しながら走るという信頼に基づく暗黙のルール。だが時には誰も前に出てこないため、トップの選手が後ろの選手に手で合図し促すこともあるようだ。一方、促された後ろの選手も、「疲れている」と首を横に振り前にでない、ということもある。
「日頃のコミュニケーションが大事だと思います。そこでいい人間関係ができると協力し合える仲間ができる。そうしたところからすでに勝負が始まっているんです」
また、どの選手が何を得意とするのかを覚えておくのも大事だ。
「スイムが終わったときにバイクが得意な選手がすぐ前にいたらその人についていけばいいペースメーカーになります。バイクのときにランが得意な選手がまだ残っていたらできるだけ離しておかないとラン勝負で厳しくなるなど、レースのシナリオや戦略を描くときに相手の得意種目を把握しておくことはとても重要です」
今回、上田がバイクで併走していたのはバイクが得意な選手。ついていけば問題はない。2人でトップを交替しながらペダルをこぎ続けた。やがて前で落車した選手も加わり3人で追う。
「2人が3人になったことで、集団の先頭に立つ頻度も減って楽になりました」
1分50秒、2分6秒と、トップとの差は2分前後で推移していたが、ラスト1周で一気に1分19秒に縮める。最後は上田が得意とするラン。
1年前の横浜大会では、上田はスイムを終えた時点でトップと1分42秒差の50位から、バイクとランで激走し8位まで盛り返した。
会場がにわかにざわつき始めた。

左から小澤 紘樹 氏・上田 藍 選手・酒井 信治 氏
上田 藍 選手

横浜大会のコースづくりにかかわった上田選手

「早く抜けてくれ!」
酒井と小澤は祈っていた。今年、コースを一部変えたことでバイクとランのコースが部分的に重なることになった。
「バイクの最後の選手が来るのが遅いとランの最初の選手と一緒になってしまう。その場合、バイクの選手はその時点でストップをかけられ、強制的にリタイアとなってしまう。それだけは避けたかったんです」
バイクの最後の選手が通り過ぎると、2人はほっと胸をなでおろした。
上田と大会事務局の接点は2008年1月10日。『横浜港開港150周年』のイベントとして、横浜市が2009年にトライアスロンの世界大会を開くことを決定。コースをつくる際、神奈川県警から「一度プロのアスリートに見てもらって安全かどうか確認してもらおう」と来てもらったのが上田だった。
以後、上田はゲストやトークショーなど横浜市のイベントに何度も呼ばれるようになり、横浜との関係が深まった。酒井も親しみを込めて「藍ちゃん」と呼ぶ。
上田は横浜大会への思いを語る。
「それまで私は会場にあるロゴしか見ていませんでした。それが大会づくりに少しかかわれたことで、1つの大会を運営するのにこれだけ多くの人たちがかかわって舞台を用意してくれていることを知ることができました。知らないって怖いな、って思いました。舞台をつくってくれている人たちの思いを無駄にはできない、この舞台を盛り上げなくては、という思いが私の力にもなっているんです」
この思いを酒井と小澤が受け止める。
「運営者というのはアスリートに恋をしないといけないというのが私の持論です(笑)。選手の『ベストパフォーマンスをしたい』という気概が伝わってくるとこっちも最高の舞台をつくらなくちゃ、と思いますね。安全対策はそのための最低限の条件です(酒井)」
大会事務局はほかの大会にはないある対策も講じていた。

酒井 信治 氏
上田 藍 選手

震災で迫られた津波対策

2010年、横浜大会はアジア太平洋経済協力(APEC:Asia Pacific Economic Cooperation)首脳会議の開催と時期が重なってしまったため開催できなかったが、2011年に再度立候補。5月に開催予定だったが、その2ヶ月前に発生した東日本大震災、そして世界に衝撃を与えた大津波の被害と福島第一原発の爆発が起こる。これが横浜大会の安全対策を変える大きなきっかけとなる。
地震対策はすでにマニュアルがあり問題なかったが、津波対策はまったく視野に入れていなかった。陸上を走るバイクとランは、周辺の3階建て以上のビルに協力を取り付け避難場所としたが、問題はスイム。泳いでいる選手は水の音で音がかき消されてしまう。また海上では反射する建物もなく音が散ってしまう。そこで大会事務局が目をつけたのが高い指向性をもった長距離音響発生装置「LRAD(エルラド)」だった。
これを山下公園沖合に係留されている日本郵船氷川丸などに3台設置することで、津波発生の危険を選手に知らせることにした。そして今回、再び「LRAD」を設置、大会前の説明会で選手に案内した。
上田は選手の立場からその様子をこう話す。
「ふつう、大会前に運営サイドから受ける説明はコースや日程といったものだけですが、横浜大会は事前に安全対策について説明があり、津波がきたときに逃げるルートなどを詳細に説明してくれました。昨年は震災直後ということもあって選手も真剣なまなざしで聞いていましたが、今回は2回目ということもあり安心して聞いている感じでした」
こうした対策を施して横浜大会は開催されていたのだ。

小澤 紘樹 氏
上田 藍 選手

パッションが人の心を動かす

29位でランをスタートした上田。1人、2人。ジワジワと追い抜き始める。
上田は全身の筋肉をすべて使っているかのような躍動的な走りで、全速力でフィニッシュ前の長いストレートを走った。
結果は22位。ランで7人を追い抜いたものの表彰台には届かなかった。
「泳力不足という課題がはっきりとし、一方でランは少ない集団で走ったので足にタメがなかったにもかかわらず、タイムでは12位と予想以上にいい結果を残せました。課題と収穫の両方があったレースでしたね」
横浜大会から1ヶ月後の2012年11月11日、上田は日本トライアスロン選手権で優勝。5年ぶりの日本チャンピオンとなった。
次回の横浜大会は今回より早い5月におこなわれる。
“最高の舞台”づくりのために全力を注いできた酒井と小澤。一息つく間もなく、すぐに準備に取り掛からなくてはならない。
小澤は大会中、わずかな時間をつくりコースに出てみた。バイクがものすごいスピードで走り、それを観客が大きな声で応援している。そうした舞台づくりに携われたことにとてつもない幸せを感じたという。
「トライアスロンは、選手が精根尽き果てるようにフィニッシュをします。人間が体力の限界まで挑むところに心動かされます」
酒井は「最後にハイタッチをしてフィニッシュをするのはほかのスポーツにはないシーンです。選手は応援してくれた人に感謝を込めて、観客は『フィニッシュおめでとう』の意味を込めてハイタッチをする。選手と観客が一体になれるのです」
ITU(国際トライアスロン連合)は「シリーズの中でも横浜大会は、一・二を争う素晴らしさだった」と評した。
「つくる側」は最高の舞台をつくろうとし、「競う側」は最高のパフォーマンスを見せようとする横浜大会。
お互いのパッションが響き合い、見る者の心を動かしている。

2012世界トライアスロンシリーズ横浜大会に設置された高い指向性をもった長距離音響発生装置、LRAD(エルラド)。 山下公園(沖合)に係留されている日本郵船氷川丸などに3台設置することで、スイムのエリア(周回750m)すべてをカバーする。

上田 藍 選手

導入された製品情報

長距離音響発生装置「エルラッド(LRAD)」について

LRADは的確な指示・合図を目的到達地点に与えたり、不用意に近づくものに注意喚起を促したりできる高い指向性をもった長距離音響発生装置です。 群集コントロールや、湾岸警備、船上からの指示・警告・誘導、進入禁止エリアでの防犯、空港でのバードストライク、防災等様々なシーンで活躍します。

エルラド(LRAD)
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