株式会社ヴァル研究所様

駅を情報発信基地に変える。名古屋・大阪でBeacon実証実験。

数万から数十万の乗降者が行き交う都市の駅。それらの人々に向けてタイムリーに情報を提供できれば大きなビジネスチャンスが生まれる。2015年1月から2月までの2カ月、名古屋・大阪の駅構内でBeaconの実証実験が行われた。Beacon は、BLE(Bluetooth Low Energy)を使ってスマートフォンに情報を配信する仕組みだ。実証実験では案内看板にBeacon端末を設置し改札付近を歩いている人のスマートフォンやiPhoneに向けて乗換案内アプリ「駅すぱあと」から出口情報が自動配信された。

表示灯、ヴァル研究所、丸紅情報システムズの3社のコラボレーションによる交通網を基盤にした新しいビジネスモデルの創造に迫る。

駅を情報発信基地に変える

2015年の年明け、名古屋である実証実験が行われた。名古屋市内の駅改札を出るとスマートフォンに通知が届き、乗換案内アプリ「駅すぱあと」に駅出口周辺の地図情報が表示される。周辺地図を確認した後、ランチを食べる飲食店の情報も入手することができた。「駅すぱあと」はどうやって駅に到着したことを検知したのだろう。屋内や地下ではGPS(Global Positioning System、全地球測位網)による正確な位置情報の取得は困難だ。その秘密を解き明かす鍵は、2015年1月から2月までの2ヵ月間、名古屋と大阪の駅校内で実施されたBeacon(ビーコン)実証実験にあった。

Beaconは、BLE(Bluetooth Low Energy)を使ってスマートフォンの位置情報を特定し、ロケーションに合わせて必要な情報を発信する仕組みだ。BLEを活用することから屋内や地下でも正確な位置情報を取得することが可能だ。ネットとリアルを融合した新しいサービスを創造する先進技術としてその活用に期待が高まる中、具体的なビジネスモデルが求められている。

Beacon実証実験に参加したのは、駅や公共施設などでトータルサイン事業を展開している表示灯と、乗換案内「駅すぱあと」を提供しているヴァル研究所、そしてBeacon端末「RapiNAVI Air」を開発・販売している丸紅情報システムズの3社である。

全国約3,000カ所の駅改札付近に設置されている案内看板「ステーションナビタ」、ユーザー総計450万人のスマートフォンアプリ「駅すぱあと」、最新のBeacon端末・管理ソリューションの組み合わせが、駅を情報発信基地に変える。交通網を基盤にした新たなビジネスモデルの創造に挑む3社にはそれぞれの思いがあった。

駅周辺案内看板の付加価値を高める

Beacon実証実験のきっかけをつくったのは表示灯だった。1967年に設立された表示灯は、それまで公共施設案内に比重を置いていた案内看板のイメージと価値観を一新した。地図上に民間商業施設情報を記載することで案内看板を広告媒体とする革新的なビジネスモデルを創造し、駅周辺地域の発展とともに事業を拡大。順調に成長を続けてきた同社だが、近年、全国主要駅をカバーするに至り新たなビジネスモデルの創造が経営課題となっている。

「案内看板の設置する場所や広告掲載を希望する駅周辺のお客様の数は限られており、既存の案内看板の付加価値を高めることが重要なテーマとなっています」と表示灯 R&Dセクション ICT事業開発部 河村肇彦氏は話す。

同社は案内看板に新たな価値を生み出すためにICTの活用にも積極的だ。数年前から携帯電話で地図情報を持ち歩ける「ナビタッチ」というサービスを実施。同サービスは丸紅情報システムズ製フェリカリーダーライター「Rapi NAVI(ラピナビ)」を利用している。

「ナビタッチ」は案内看板に非接触IC技術「Felica(フェリカ)」を搭載する携帯電話をかざして情報を入手するが、そこにサービスの限界があるという。「通勤で利用する主要駅であれば1日数万人から数十万人の乗降者がいます。案内看板の前に立ち止まるのは、そのうちのほんの一部です。案内看板の前を通り過ぎてしまう、より多くの人々に向けてタイムリーに情報を発信できれば、そこに大きなビジネスチャンスが生まれます」

新しい情報発信モデルを模索していた河村氏はあるニュースに目を止めた。BLEの技術を搭載したiBeaconがiPhoneのiOS7に標準搭載されたというのだ。「Beacon端末の前を通り過ぎた人のiPhoneに情報が自動配信される活用シーンはまさに思い描いていたことでした。社内ではぜひNAVITAで試してみたいという話になりました」

案内看板にiBeaconを活用する検討を始めたタイミングで丸紅情報システムズからiBeaconのソリューションの提案があり、すぐに実証実験を行うことが決まったという。だが、Beaconはアプリに組み込んで利用するため、アプリを運用しているベンダーと一緒に検証やビジネスを行う必要があった。

「この点は問題というよりも今後メリットになると考えています。様々なベンダーと連携することでビジネスの可能性も広がるからです。実証実験を行うパートナーは今後のビジネス展開を一緒に考えることができる企業という観点で検討しました。「駅」というキーワードのもとで当社のビジネスとの親和性や、多くのユーザーを有していることから乗換案内アプリ「駅すぱあと」を提供しているヴァル研究所にお声がけをしました」(河村氏)

ユーザビリティの向上ではタイムリーな情報提供が重要

1988年に登場して以来、「駅すぱあと」は経路探索ソフトのパイオニアとして多くのユーザーに愛用されている。現在、活躍の舞台はモバイルシーンに拡大しており、iPhone端末で330万人、Android端末で120万人が「駅すぱあと」アプリをダウンロードしている。

しかし、同種のサービスが乱立する中、常に選ばれるためにはユーザビリティの向上が欠かせない。

「モバイル時代に入り、駅名を入力して結果を表示するだけでなく、タイムリーに情報を発信してユーザーの移動を案内することが求められています。また駅から目的地までの案内へのニーズも高いです。表示灯さんからBeacon実証実験の話をお聞きしたとき、当社が考えている方向性と一致していたためぜひ参加させてくださいとお答えしました」と株式会社ヴァル研究所 コンシューマービジネス部 部長 菊池宗史氏は振り返る。

2014年11月、Beacon実証実験プロジェクトはスタートした。「駅すぱあと」はBeacon実証実験に合わせ、期間限定で名古屋・大阪の出口情報サービスを提供することになった。アプリの開発ではメッセージの出し方に時間をかけたという。

「ユーザーがアクセスして必要な情報を入手する「駅すぱあと」と異なり、Beacon実証実験ではユーザーがその場所を訪れたときにスマートフォン(Android)やiPhoneに出口情報が自動配信されます。ユーザーはいきなり情報を受け取ることになるため、その情報がいかにユーザーにとって有益であるかということが一目でわかることが大切です。例えば、「〇〇駅の周辺情報を確認できます」というようにその駅にいるユーザーに対してのメッセージであることを明確にする工夫をしました」と株式会社ヴァル研究所 コンシューマービジネス部 SPチームリーダー 高田香穂理氏は話す。

Beaconは実証実験から事業化の検討フェーズへ

Beacon端末は名古屋市内10駅の案内看板に100台、大阪市内8駅の案内看板に98台を設置した。今回のプロジェクトでは各社共通の目的が大きく2つあったという。「1つは、Beaconの発信範囲の確認です。発信範囲はBeacon端末から最大10メートル程度とされていますが、実際に案内看板の筐体に設置し、改札口を大勢の人々が行き交う中で本当に電波が届くのか。もう1つは、自動配信された駅周辺情報をどのくらいの人が見てアクションを起こすのか。この2点を確かめたいということです」(河村氏)

2015年3月1日、Beacon実証実験は終了した。データの分析はこれからということだが、すでにわかったこともあるという。「どの駅でも電波の到達範囲は10M程度まで届いていることが確認できました。ネットワーク回線と違って回線が混み合って通信できないということはないので、一度に集中配信しても問題はありません。懸念していたのは、人体の構成成分の80%は水のため、多くの人が集まる改札近辺でBeaconの電波が減衰し届きにくくなるのではないかという点です。しかし杞憂に終わりました。また案内看板の筐体が金属であることから不安視していた電波干渉などのトラブルもありませんでした」(河村氏)

出口情報サービスに対するニーズが高いことも数字にあらわれていたという。「出口情報を受けとるか受けとらないかは、ユーザーがオンオフで選択いただけるようにしていましたが、9割近くのユーザーがオンでした。また通知を受けたあとでページを開く、開封率も想定していたよりも高かったです。どの情報にアクセスが多かったのかなどのデータ分析はこれから行います」(高田氏)

成果の一方で課題も見えてきた。一方的に情報を送るためユーザーがその情報を必要としているかどうかを見極めることが重要になるという。「駅や時間によってユーザーが必要とする情報は変わります。例えば、オフィス街ならランチの情報、住宅街ならスーパーの安売り情報など情報の切り分けが必要です。また通勤や出張など目的によっても提供すべき情報は異なります。ユーザーの行動履歴などのデータ分析を進め、情報の的確性を高めていくことが大切です」(菊池氏)

Beacon実証実験では飲食店にもBeaconを設置したが、設置した店舗数が少なかったことから店舗への誘導効果の検証には至らず今後の課題となった。

今回の実証実験を踏まえて河村氏は、Beaconは実証実験から事業化の検討フェーズに移っていくと話す。「既存の案内看板にBeaconで付加価値をプラスし、交通インフラを基盤にした新たな情報発信プラットフォームとして普及を図っていくことが今後のテーマとなります。そのプラットフォームの上で「駅すぱあと」をはじめ様々なアプリケーションと連携し新たなサービスを創造していく。ランディングページへの誘導やキャンペーン告知、マーケティングのための情報収集など具体的なビジネスを想定し事業化を検討していきます」

菊池氏は駅から目的地へという付加価値をつけた案内に手応えを感じたことに加え、その場所にいることで必要な情報も届けていきたいと話す。「例えば、電車の遅延情報や、遅延したときの迂回経路などの情報をリアルタイムに提供できれば「駅すぱあと」のユーザビリティの向上につながります」

日本中どの駅へ行っても、改札を通るたびにスマートフォンへと「何かいいこと」が届く未来がすぐそこまで来ているのかもしれない。

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