2003年。一世を風靡したCMがある。
シャープの液晶テレビのCM。女優・吉永小百合が登場し、広いリビングのような空間に置かれた1台のAQUOS。建物の開口部からは緑の木々が生い茂っているのが見えるが、よく見ると奇妙なことに気づく。開口部には柱らしい柱がなく壁もまったくない。見えるのは床と天井だけ。驚くような開放感が広がっているのだ。
画面の隅に目を凝らすとこう記してある。
「坂茂篇」──。
そう、この不思議な建物を設計したのが坂茂建築設計だ。アメリカに渡って建築を学んだ坂茂氏がつくった建築設計事務所である。
「うちの事務所の建築の特徴の1つに、坂が「ユニバーサル・フロア」と呼んでいる『中』と『外』をはっきりと分けずに連続させるというのがあります。CMに使われた『壁のない家』は斜面地に建っていますが、その地形にあわせ斜面に沿うようにめくり上げられた床に屋根を固定し、すべての水平力を床に流す構造とすることで、前面にある3本の柱は水平力を負担しないためにわずか55ミリの細さとなっています。左右と前には壁がまったくなく可動の引き戸のみとしているためとても開放的な空間が実現できています」
『カーテンウォールの家』と名づけられた住宅も「中」と「外」の境があいまいだ。外部にカーテン、その内側にガラスの引戸を設け、季節や場面に合わせて空間を閉じたり開けたりすることができる。
そしてもう1つ、「構造の探求」も坂茂建築設計の特徴だ。たとえば『家具の家』という作品。この建物を支えているのは幅90cm、高さ240cm、奥行き45cmないし70cmの家具ユニットである。
阪神大震災の際、倒れてきた家具で怪我をしたり、逆に家具の間にいたために助かった人もいた。「家具は想像以上に強いのではないか」という疑問から、家具を“構造材”として使ったのが『家具の家』だ。
そして近年、坂茂建築設計はある特徴をもった建築物を次々とつくるようになっている。「木組み」である。
2010年、フランスを代表する現代美術館「ポンピドー・センター」の巨大な分館がフランス北部のメス市に完成。157組ものコンペのなかから選ばれたのが坂茂建築設計+ジャン・デ・ギャスティンのグループの作品だった。この建物でもっとも目を 引くのが屋根。パリで見つけた中国の帽子からヒントを得たもので、曲がりくねった木組みの屋根は巨大な帽子のようですらある。

カーテンウォールの家