世界へ飛翔する国産ジェットエンジン開発。ー3Dプリンターによる研究開発期間の短縮ー

世界で年間29億人が利用する航空輸送は、社会基盤を支える巨大ビジネスである。それだけに国際的な開発競争力は激しさを増している。2013年内に国産旅客機MRJの初飛行が予定され、新たなステージを迎える日本の航空産業。ここに至るまでの道のりも、技術的チャレンジを繰り返してきた。

例えば、次世代航空機に求められる環境性能への取り組みは世界的にも評価が高い。国産ジェットエンジン開発の最前線でいま何が行われているのか。研究開発の期間短縮とコスト抑制を目的に、3Dプリンターの活用も始まった。日本の宇宙・航空分野の研究開発を牽引する、独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 JAXAを取材した。

日本の民間航空ジェットエンジンの礎

1969年に登場した世界初の超音速旅客機コンコルド。マッハ2つまり時速2,400km前後の高速で飛行し、通常の旅客機では約8時間かかるロンドン・パリ~ニューヨーク間を3時間45分で結ぶ。注目と人気を集め、世界の空の旅は大きく変わると誰もが思った。2003年に退役したが、現在に至るまで超音速旅客機と呼べる存在はコンコルドだけである。その後も航空技術は進化を続けているが、今もって旅客機で超音速飛行が実現できない理由がある。それこそコンコルドが退役に追い込まれた2つの壁。あまりにも高額な運航コストと排出ガス、騒音といった環境問題がたちはだかっているのだ。しかし、世界中の研究所で超音速旅客機開発の夢は続いている。JAXAの航空本部や研究開発本部がある調布航空宇宙センターも例外ではない。

敷地内には大型試験設備の数々があり、なかでも人工的に空気の流れを作り、模型などを使って航空機や宇宙往還機の機体周りの空気の流れを調べる風洞設備は日本最大規模を誇る。航空本部推進システム研究グループ システム・制御セクションリーダー 田頭剛氏が建物の扉を開くと、小型のジェットエンジンがガラスケースの中で静かに眠っていた。「われわれの先輩が開発したFJR710ジェットエンジンです。小型とはいえ推力は5tあります。日本の民間航空エンジンの礎であり、商業的に成功も収めています」と田頭氏は説明する。

現在、ジェット旅客機エンジンの主流は高バイパス比※ターボファンエンジンだが、この流れをつくったのはジャンボジェット(ボーイング747)の登場だった。当時、日本では同エンジンの開発経験がなかったことからFJR710の開発プロジェクトが1971年にスタートした。FJR710は高度な技術が注目され、現在、エアバスなどに搭載されている国際共同開発エンジンV2500に発展していった。

ジェットエンジンの開発は1つの国ではなく複数の国が共同で開発するケースが多く、国際共同開発のメンバーになるためには、世界が認める高い技術力を持っていなければならない。現在、民間旅客機エンジン開発のテーマにはどのようなものがあるのだろうか。

「NOx(窒素酸化物)、CO2(二酸化炭素)の排出削減や空港騒音低減などの環境面は国際的にも厳しい基準のクリアが求められています。日本はこの分野では先行しており、JAXAでは世界トップレベルの低NOx燃焼器を開発しています。現在の研究対象は、マッハ0.8の亜音速で高度1万メートルを飛ぶジャンボジェットなど一般的な旅客機ですが、高度1万8000メートルを飛ぶ超音速旅客機の場合、クリアすべき基準がさらに厳しくなります」と田頭氏は話す。そのほかにも、燃料消費の削減、整備費削減の裏付けとなるモニタリング技術の向上なども重要なテーマだという。

※バイパス比:ターボファンジェットエンジンの燃焼に使う空気の重量とファンから吹き出す空気重量との比。バイパス比の向上は亜音速飛行における燃費の向上につながる。

ジェットエンジンを使った実験や試験が不可欠

田頭氏が所属する推進システム研究グループはジェットエンジンを研究している部門だ。圧縮機や燃焼器、タービンなどの要素技術を研究しているという。

「システム制御セクションは、エンジンを使って試験や研究を行っているのが特徴です。エンジンの状態は、その日の天候や湿度、温度などによって変わります。私が専門とする制御は、どんなに厳しい条件のもとでも想定していた範囲にエンジンの状態をもってこられるようにする技術です。そのためにシミュレーションを行い、地上で実際に航空機が飛ぶ状況をつくって実機で試験を行うことが欠かせません」(田頭氏)


制御以外で、エンジンを使い試験を行う必要がある領域に、エンジンなどを格納する流線形状のナセルがある。外部から取り込んだ空気の酸素と、燃料の化学反応(燃焼)による熱エネルギーを利用するジェットエンジンにとって、ナセルの果たす役割は大きい。推進システム研究グループ システム・制御セクション 水野拓哉氏はナセルの役割についてこう話す。

「ナセルはエンジンに沿って流れる空気の整流が主な目的です。エンジンが空気を吸い込むときに圧力損失が少なく効率的に運転できる形状をつくっていくことが大切になります。また、飛行中の空気抵抗を抑制する外側の形状も重要です。通常、ナセルの設計は機体側が行うケースが多いのですが、私はエンジンの効率性を追求するという観点からエンジン側の視点を盛り込むことに意義があると考えています」(水野氏)

研究では技術的テーマだけでなく時間とも戦うことが必要となる。田頭氏はプロジェクト研究に近い領域に携わっており、研究期間は5年から10年。水野氏が行っている通常の研究では3年から4年が1つの区切りになり、審査を受けて次のステップに進むかどうかが決まる。研究開発のスピードは国際競争力に直結するため研究開発期間の短縮は不可欠だ。しかしトライ&エラーは研究につきものであり、同時にコスト削減も避けて通れない。

3Dプリンターにより研究開発期間を大幅に短縮

エンジンを使って実験を行うシステム・制御セクションだが、いきなり本番用の推力5tといったエンジンではなく、推力20kgfクラスの模型エンジンで研究はスタートするという。

「制御の研究においてエンジンの大小はほとんど関係ありません。推力5t級のエンジンを一回運転するのに何百万円もの燃料費が必要となりますが、推力20kgf級の模型エンジンだと何十円で済みます。問題は模型エンジンの製作でした。従来、金属を切削加工して部品をつくっていましたが、内部の構造をつくるのは難しくそれなりの費用を要しました」(田頭氏)

「ナセルの研究でも、模型のナセルをつくって試験を行うのですが、計測用として加工しようとすると、ナセルの内部に導圧管を通す空間を確保しなければならないなど、切削では困難な点もあり、1つの製作に百万単位の費用がかかってしまいます。また、ナセルは形状が変化することにより性能が変わるため、形状を変えて実験を行いたいのですが、毎回、外注していてはコストがふくらむばかりです」(水野氏)

模型のエンジンやナセルの製作に要するコストと時間の課題を解決する手段として、システム制御セクションが着目したのは3Dプリンターだった。すぐに製作したい部品があったため、丸紅情報システムズのMSYSオンデマンド生産サービスを利用することにしたという。2013年1月、デスクトップFDM3Dプリンター「uPrint SE Plus(ユープリントエスイープラス)」を導入。数ヶ月が経過した現在、週に4日は利用している。午後の試験で使う場合は、午前中に3Dプリンターのスイッチを入れ、昼食後にできあがった部品を使い実験にとりかかる。3Dプリンターはすでに日常の研究活動になくてはならない存在だ。寸法を間違えたり不具合があったりした場合でも、容易につくりなおせる点も重宝している。外注に依頼する場合、切削用の図面を起こす手間や、契約手続きに時間を要したが、3Dプリンターを使った内製化により研究開発期間の大幅な短縮が見込めるという。

「航空機分野では、海外はもとより日本の企業でも最先端の研究を行っているところは、研究のスピードはもとよりセキュリティの観点から、3Dプリンターを使った部品の内製化を進めています」(田頭氏)
しかし、3Dプリンターでつくった部品が本当に航空機の実験に対応できるのだろうか。「見てみますか」と田頭氏は言った。

短時間でつくれるためさまざまな形状が試せる

3Dプリンターでつくった部品を搭載した模型エンジンは、実験設備にセットされていた。推力20kgfの模型エンジンは1mほどと小さいが、れっきとしたジェットエンジンだ。「このエンジンには7つくらいの3Dプリンターでつくった部品が搭載されています。エンジン内のオイルを有効に回収できるかどうかの実験を行っていますが、うまくいかない部品を入れ替えて改善の効果を検証しています。3Dプリンターなら短時間でつくれますから、いろいろと試すことができます」と田頭氏。「実験はお見せできませんが、エンジンは動かすことができます」

実験設備に甲高く響きわたるエンジン音。今後は、地上で実際に飛んでいる状態をつくりだし、様々な試験を実施できる高空性能試験設備を使った試験のフェーズに入るという。強制的に環境を変え、それでも制御的に問題はないのか検証を行う。またエンジンに異物が混入したときの破壊試験も行う予定だ。

水野氏が3Dプリンターでつくったナセルを見せてくれた。空気の流れを測定するため表面がキレイに磨きあげられている。CFD(Computational Fluid Dynamics)※を使って計算上、最適なナセルの形状を求め、3Dプリンターでかたちにして模型エンジンに装着し、高空性能試験設備で試験を行う。計算した結果が実験の評価と合うかどうかがポイントとなる。「計算によると、空気の取り入れ口の先端形状が少し変わるだけでも効果が大きく変わります。3Dプリンターなら、外形形状だけなら一晩あればつくれますから、さまざまな形状で効果を検証することが可能です」(水野氏)

最後に、本物のジェットエンジンを地上で静止した状態で運転し、さまざまな試験を行う地上エンジン運転試験設備を案内してもらった。「環境適合型次世代超音速推進システム」(ESPRプロジェクト)の研究開発などで活躍したESPRターボエンジンは、全長7m、最大マッハ5まで作動可能であると地上試験で実証されている。

マッハ5クラスの極超音速旅客機が実現すると、現在、10時間程度かかる太平洋横断飛行が2時間程度に短縮されるという。天井から吊り下がる巨大なESPRエンジンは、今にも動き出すかのごとく圧倒的な存在感を放っていた。田頭氏も水野氏も子供の頃から飛行機が大好きだったという。少年時代の憧れは研究者になったいま、航空機の未来を拓く推進力になっていく。

※CFD(Computational Fluid Dynamics) : 数値流体力学

フリージェット試験形態

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