「ほどほどでいいじゃないか」の発想で。1機わずか数億円の人工衛星を開発

日本の宇宙開発が熱い。奇跡的な帰還を果たした小惑星探査機「はやぶさ」、コンピュータ管理などによって約30億円と、打ち上げ費用の大幅な合理化に成功した「イプシオンロケット」、日本人として初めて国際宇宙ステーションの船長を務めた若田光一さんなど、日本の宇宙開発はこれまでにないほどの盛り上がりを見せている。

かかる状況下で、人工衛星「ほどよし」の新たなプロジェクトが進行している。「ほどよしは、これまでの衛星プロジェクトと発想が違います。根本的なところをまったく新しく変えました」すでに4機が完成しているという「ほどよし」は、従来の衛星と何が違うのだろうか。

衛星が安くなることでできること

ミカン箱を上下に2つ重ねたような大きさだった。3辺とも直径は50cmほどでほぼ正六面体の四角い箱、これが人工衛星(以下衛星)「ほどよし」である。「モックアップですが、実物大なので現物と同じ大きさです」山口耕司氏。次世代宇宙システム技術研究組合の理事長である。同組合は、大学、企業、行政の産官学連携によって、衛星の世界市場でシェアを獲得するべく2010年3月に設立された組織だ。衛星市場はアメリカ、ロシア、イギリス、ドイツ、中国など、各国が熾烈な争いを繰り広げており、そう簡単に入り込めるものではない。そこで、組合が目をつけたのが「超小型衛星」という分野だった。

衛星は一般に、何トンもある「大型衛星」、500kg以下の「小型衛星」、100kg程度以下の「超小型衛星」と分けられる。つまり、衛星のなかでもっとも小さいカテゴリーの衛星をつくることを目指したのだ。「これまでは『戦艦大和をつくるのが目標』という考えが主流で、衛星1機3、4トンもの重さがあり、価格も300億円前後と非常に高額でした。開発期間は5~10年もかかり、結果として失敗は許されない超保守的な設計とならざるを得ない。その結果、宇宙利用の間口は狭くなり広まらない、技術革新のスピードも乏しい、といった悪循環に陥っていました。そこで私たちは、開発期間が2年程度と短く、価格も1機約2~3億円と従来の約100分の1に抑えて打ち上げられる超小型衛星にターゲットを定めました」超小型衛星は小さいため、大型衛星のように多くの機能を盛り込むことはできない。一方、価格が安ければ宇宙利用に対するハードルが下がり、今までできなかったことに取り組むことができるようになる。

「もっとも変わるのは、時間分解能が上がることでしょう。人工衛星である地点を撮影するとします。また同じ地点の上空に戻ってくるためには2~3週間ほどかかってしまうので、同じ地点の撮影頻度は限られます。しかし、人工衛星の価格が安ければ、数多くの衛星を使い撮影頻度を上げることができます。その結果、より多くの地点のリアルタイムな状況を把握することが可能となります。例えば大震災など災害時の被害状況など緊急時はもちろん、農作物の生育状況を把握し追肥や刈り取りのタイミング、赤潮の発生状況や魚群を把握することも可能になります」とはいえ、いくら機体を小さくといってもそれほどのコストダウンが本当に可能なのだろうか。

「ほどよし信頼性工学」という発想

次世代宇宙システム技術研究組合では、「ほどよし信頼性工学」を取り入れて課題解決をめざした。「これは、組合の中心研究者である東京大学の中須賀真一教授の研究テーマで、すべてにおいて完璧を目指すのではなく、ほどほどでいいのではないか、という考え方です。これによって変に凝りすぎずに、手を抜くところは抜くという発想で製造コストを抑えることを考えたのです」

「ほどよし信頼性工学」をもっとも象徴しているのが「再起動させる」という発想だ。通常は、衛星に不具合があっては大変なことなので、あらゆる不具合を想定していくつもの対応策を組み込もうとする。するとシステムは複雑な仕組みになり、開発期間もコストもかさんでいく。しかし「ほどよし信頼性工学」では、不具合が起こったら「パソコンのように再起動すればいいじゃないか」と単純に考える。また、太陽電池パネルも変わっている。衛星は外から電源を確保できないため、太陽電池パネルが欠かせない。通常は鳥の翼のようにパネルを広げ、効率よく太陽光を取り入れるために姿勢制御の複雑なシステムが必要だ。そこで、「ほどよし1号機」では、人工衛星がどちらを向いても光が得られるように、全面に太陽光パネルを貼るスタイルにした。また「ほどよし」は打ち上げる際のコストも抑えられる。大型衛星に超小型衛星が相乗りする方法で打ち上げるピギーバック(おんぶ)と呼ばれる方法が使えるからだ。

だが、「設計の工夫だけでは、1機2~3億円にするのは不可能」と、山口理事長は語る。次世代宇宙システム技術研究組合ではもう1つ、ある改革を図る。

既存のルールに乗らないという選択

「宇宙業界では、『原価が2割、書類が8割』ともいわれていて、品質のエビデンスをきちっと残さなければなりません。航空宇宙産業特有のISO9001をベースにした品質マネジメント規格『JIS Q 9100』があり、それを厳密に進めれば進めるほど、書類作成に膨大な時間を費やさなければなりません。そこで、今あるルールを適用するのではなく、自分たちでゼロからルールをつくっていくことにしました」ルールをゼロからつくるとは、一見簡単なようでそう甘くはない。かといって、既存のルールに乗ってしまうと書類作成に追われる日々が待っている。組合は「紙として残す必要はない」という発想を思いつく。

「エビデンスを残す必要があるものは確かにあります。でも、それが紙である必要はない。写真で示してもいいわけです。このようにルールを簡略化していくことで、書類作成の手間を減らし、それにかかるコストも減らしていきました」こうして、コストと開発期間の削減を図っていったが、組合にはもう1つ大きなミッションがあった。すべて国産部品でつくるということだ。

「組合は衛星の世界市場の獲得を目的にしているため、海外の部品を集めてそれを海外に売っていては利益が出ません。カメラ、バッテリー、太陽電池パネルなど、国産部品でつくるからこそ意味がある。足りないものは自分たちの手で作るしかないのです。」そして山口理事長は、1つのアイデアを思いつく。

組合設立と同時に導入した3Dプリンター

「昔、アメリカのロッキード社に行ったときに、最新のCADがズラリと並んでいて、小さい加工機を使ってスケールモデルをつくっていました。モニタ内だけでなく実際の形として触れるほうがはるかにわかりやすく、モデルがあるのはすごいことだと感じていました。やはり仮想と現実のギャップを埋めなければならない。そのために3Dプリンターが欠かせないと判断し、組合設立と同時に3Dプリンターを導入しました」

超小型衛星といえども部品点数は膨大で、各部品に3Dプリンターを使い試作を重ねていった。最初はあまり3Dプリンターを使っていなかった若手スタッフも、一度その便利さを知ると山口理事長も驚くほどの勢いで使いだし、一気にフル稼働の状態へとなっていく。モックアップの表に出っ張っている部分はすべて3Dプリンターでつくったという。

組合は4機の衛星の打ち上げをミッションとしていたが、2012年10月には1号機が完成。組合設立から2年半ほどしかたっていなかった。そしてその後、2号、3号、4号が次々と完成していく。1号機は6.7mの分解能をもつカメラを搭載し、撮影した画像の利用実験を行う。2号機は宇宙空間で実験や観測を行い、3、4号機は高解像度カメラやイオンエンジンを搭載し実験的なミッションを行っていく。

「4機ともいずれも1機当たり2~3億円で、開発期間は2、3年でした。製造原価だけなら1億円以下で済んでいます。宇宙業界は長いこと『やってみなければ、いくらかかるかわからない』という文化でしたが、我々は目標を決めてその範囲内に収めるにはどうすればいいのかを考えていった。その成果が出たと思っています」

さらなるコストダウンを図り「マイ衛星」へ

ほどよし1号は2013年中には打ち上げられる予定だったが、打ち上げ予定地のロシアの事情により延び延びとなっている。ただ、これ以上待っているわけにもいかないため、ほどよし2号は、日本のH2Aロケットに相乗りする形で2015年中に打ち上げられることとなった。そして3、4号機は、2014年6月19日(日本時間20日)、ついにロシアのロケットに乗って打ち上げられ、無事軌道に乗ることに成功した。

「衛星の実部品を3Dプリンターでつくれないかと考えています。たとえば、ハニカムパネルは『接着』という工程を含んでいますが、3Dプリンターなら一体成型なので強度が出る。宇宙空間では避けられない放射線や紫外線に強い素材が出てくれば、衛星に3Dプリンターでつくった部品が実装されるようになるはずです」

1機当たり数億円の超小型衛星。打ち上げによって確かな性能が確認できれば、日本発の超小型衛星は世界市場を席巻する可能性もある。「ただ、1機2~3億円で満足しているわけではなく、将来的には3,000万円ほどでつくれないかと考えています。これくらいの額になれば、国に頼らなくても企業が独自で衛星をもつことができ、個人がお金を出し合って衛星をもつことも可能です。つまり『マイ衛星』に近づいていく。そうなれば、衛星はもっともっと身近なものになっていくはずです」

かつて高嶺の花といわれたテレビ、自動車、パソコンなどは価格が下がるにつれて人々の生活のなかにどんどん浸透していき、今や暮らしになくてはならないものになった。1企業1衛星、1団体1衛星、1自治体1衛星──。そんな時代は、意外と早くやってくるかもしれない。

※「日本発の『ほどよし信頼性工学』を導入した超小型衛星による新しい宇宙開発・利用パラダイムの構築」のプロジェクトは、内閣府最先端研究開発支援プログラムの助成を受けて実施されているものです。

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