学校法人日本工業大学様

立体が放つ圧倒的な存在感。感動する気持ちを巧みに活用した教育法。【日本工業大学様 3Dプリンター導入事例 後編】

机や椅子、コップや携帯電話……立体に囲まれて生活しているわたしたちにとって、3次元のものを2次元で表した図面の読解は、特別な技術と知識がなければ難しいものだ。

ものづくりを志す学生たちは、立体と平面の間にある表現の隔たりに戸惑う。その距離を縮めるためのユニークな試みがスタートした。高校生を対象とした3次元CADデザインコンテストである――

カタチを目にしものづくりの楽しさを実感する

「すげー ! 」

素直な気持ちを表す短い台詞が思わず口を突く。日本工業大学主催の「第1回3D-CADプロダクトデザインコンテスト」授賞式の作品紹介ブースは、高校生たちの歓喜と感嘆に溢れていた。

高校生を対象としたこのコンテストは、3次元CADを用いたプロダクトデザインの優秀さを競うものだ。部門は「身体障がい者用自動車ハンドル」というテーマ部門と自由デザイン部門の2つ。1つの大学の1つの学科が主催して今年から始めた大会にも関わらず、12都県の16校から合計で65作品もの応募が集まった。両部門で19作品が最優秀賞から佳作までの入賞を果たし、受賞した高校生と引率の教員が授賞式に招待された。

このコンテストの最大の特長は、受賞した作品データを3Dプリンター「Dimension(ディメンジョン)」を使って造形している点だ。造形物は授賞式後にトロフィーとして各受賞者に贈られる。作品紹介ブースには、高校生のアイデアが白いABS(プラスチック)樹脂で造形された「立体」で展示されていた。自分たちが一所懸命に取り組んで、パソコン上で制作したデザインが立体化された作品を見て、多くの高校生たちから、冒頭のようなシンプルな感動が口をついて出ていた。

テーマ部門で最優秀賞に輝いたチームの代表である群馬県立伊勢崎工業高等学校の古郡翔馬君は、会場に入ったときの様子を次のように説明する。

「どこかで見たことのあるハンドルがあると思って、それが飾られている方向に誘われるように歩いていったのです。近づいて『やっぱり自分たちがデザインしたものだ!』と確信したときには驚きましたね。造形してもらえることは分かっていましたが、それでも実際に目にすると、『本当に出来ているんだ~』と嬉しさと達成感が込み上げてきました」

コンテストを中心となって企画推進したのは、日本工業大学機械工学科で教鞭をとる長坂保美教授。大学内に70台のコンピュータと6台もの3Dプリンター「Dimension」を備えたCAD/CAM/CAE演習室を整備するなど、「実学」というテーマでものづくりの楽しさを学生たちに教えていくための仕組み作りに力を注いでいる。

長坂教授は自身が教える大学生だけではなく、高校生にも実学を通じたものづくりの楽しさを体験してもらえる機会を作りたいと以前から考えていたという。アイデアの1つとしてコンテストという手段を思い描いていた。構想は、昨年春にラリードライバーの青木拓磨氏と出会うことにより一気に前進。自身も下半身不随である青木氏から、障がい者用のアクセルとブレーキ操作が手動でできるハンドルを作りたいと相談を受けた。このとき、これをテーマに高校生向けのコンテストを開けば、さまざまなハンドルのアイデアが集まるだろうと感じたという。

STRATASYS社 Dimension

3次元CADなどのデザインデータを、自動的に立体造形するシステム。ABS樹脂を造形材として使用し、その特性を活かしてさまざまな機能テストにも対応します。コンパクトな筐体でオフィス環境でも利用できる60dB以下の静寂性を備え、デザイナーや設計者がネットワークプリンタを利用する感覚で、3次元モデルをデスクサイドでも出力できる3Dプリンターです

先入観のない高校生の自由な発想

実際に集まった応募作品を見たときに、長坂教授は高校生がデザインした絵に大きなエネルギーを感じたと語る。

「『ハンドルは丸いものではない』という視点から思考をスタートしている作品が多く、デザイン的にも機能構造的にも自由な発想のものが目立ちました」

この点について、「身体障がい者用自動車ハンドル」テーマ部門の特別審査員を務めた青木氏も同様の意見だった。

車椅子利用者の運転装置は右手でハンドルを動かし、左手でバーを前後させアクセルとブレーキを操作するものが主流だ。これは30年前からほとんど変わっていない。青木氏は、現状のものとは違う次世代型の開発を望むとともに、一般ユーザの運転装置にも新風を吹き込みたいと考えている。現状がパーフェクトというわけではない。それは、年に何度かニュースとなるアクセルとブレーキの踏み間違い事故からも分かる。

「自動車の運転は手足でするものというよりも、目と頭で判断して行うものです。ゲームの中ではコントローラーで時速300キロメートルものスピードを出す車を簡単に操ることができます。そんなゲームに親しんでいて、自動車免許を持っていない高校生が考えるハンドルは固定概念が少ない分、独創的なものが多かったですね」(青木氏)

青木拓磨特別賞を受賞した作品は、一本のレバーで全ての操作が行えるハンドル。レバーを手前に引くとアクセルが動き、奥に押すと減速してブレーキがかかる。レバーを左右に回すとタイヤも同じように動く仕組みだ。青木氏は片手で全ての操作ができるシンプルな点を高く評価したという。

3次元CADによって引き上げられる生徒の制作能力

この作品をデザインした長野県箕輪進修高等学校の小池将史君は、3年生の課題研究としてこのコンテストに取り組んだ。1週間で3つの案を考え制作したという。小池君を指導している飯島健二教員は、「発想力で勝負した作品」だったと振り返る。

「彼は自分のペンのように3次元CADを扱うことができます。そのため、アイデアを練る作業に多くの時間を当てることができました。CADを動かした時間は、15分程度だったと記憶しています」

会場に訪れていた複数の高校の先生に話を聞くと、3次元CADを使うことのメリットの1つとして、製図時間の短縮を挙げる声が多かった。

「手描きによる2次元の製図で平面図、立面図、断面図を描かせても、生徒は自分が描いているものをイメージできていないケースが多々あります。しかし、3次元CADで製図をすると、リアルタイムに形状を見ることができます。そのため、最終形状が理解しやすく、製図に付随する知識の修得もスムーズに進みます」(テーマ部門 最優秀賞 群馬県立伊勢崎工業高等学校 久保田満教員)

テーマ部門
「障がい者用自動車ハンドル」最優秀賞
群馬県立伊勢崎工業高等学校 関俊介君
テーマ部門
「障がい者用自動車ハンドル」拓磨特別賞
長野県箕輪進修高等学校 小池将史君
自由デザイン部門 最優秀賞
愛知県立起工業高等学校 近藤衣理子さん

3次元CADによって生徒の製図能力が引き出された例を、教育現場にいる先生たちは頻繁に目の当たりにしているという。今回のコンテストの自由デザイン部門で優秀賞を取った埼玉県立川越工業高等学校の池田なな子さんはその好例で、3次元CADを始めてからわずか2ヶ月での応募だったという。

数年前に比べて、工業系高校におけるCADの必要性は急速に高まっている。前述の理由のほかに、企業が3次元CADの操作能力を持った人材を求めることが多くなっているからだ。会場に訪れていた高校は、CAD設備や授業を整備している学校や、これからさらに充実させようと積極的に取り組むところがほとんどだった。

ものづくりに興味を持たせ中高生の理系離れを防ぐためにも、3次元CADを用いるのは有効な手段だと長坂教授は語る。

「NC加工を教えている教師の方などは、生徒を惹きつけるのに苦労しているというのをよく耳にします。図面を作成し、それをもとに削り出すという工程は、最終的なカタチを成形するという完成形に到達するまでの過程がどうしても長くなります。また、2次元図面から3次元の立体を想像することが困難な生徒も多く、途中で疲れてしまうのです。その点3次元CADは、作業過程においても終始、立体を確認できるので完成形をイメージしながら進めることが生徒でも容易に行えます。ただし、3次元CADではあくまでも画面上でのバーチャルなカタチなので、最終的に実際の立体に触れるところまでは行きません。今回のコンテストでは『3次元CADを利用して簡単に実際の立体を作れる』ということを、高校生や教師の方に見てもらうことができました。これは、教育的に大きな意義があったと思っています」

3Dプリンターでデータからモデルへさらに製品サンプルへとリアル化

3Dプリンターでデータを造形する目的の1つは、実物をより理解しやすくするためだ。イメージを高校生に明示すると、学習意欲の維持と向上につながっていく。それは授賞式の作品紹介ブースでも証明されていた。

当日の会場でもっとも人を集めていたのは、自由デザイン部門の最優秀作品が展示されていた場所だった。作品は愛知県立起工業高等学校の近藤衣理子さんがデザインした電動式爪やすり。特長は卵形をしたボディのフォルムで、どの角度からでも手にフィットするようにとの工夫がなされている。

この作品展示に人々が高い関心を寄せたのは、実際に可動するようになっているモデルが展示されていたからだ。これは長坂研究室の学生たちが、応募作品として送られてきた外観データと仕様書をもとに内部構造をイマジネーションして制作したという。動力機をセットする台や止め具、組み立てられるように分割したボディなど、各種パーツを製品化したらどうなるかをテーマに設計された。やすりやパッキン、モーターなどを除いた、ほとんどの部品が3Dプリンターで造形されている。

電源を入れるとブルブルブルとやすり部分を小刻みに振動させる姿に、手に取った人は一様に驚きの声を上げていた。近藤さんを指導している清水浩行教員は、製品化された作品を見て次のように感想を述べた。

「デザイン学習の本意と目的を生徒へ明確に伝える手段として、生徒が手掛けた作品を実際に動かすということは、非常に有効だと感じました」

高校生を対象とした応募作品を実際に造形するCADコンテストは過去、類をみない。生徒を引率してきた先生からは「このようなコンテストはこれまでなかったので、とてもありがたかった」との感想も聞かれた。「考えたデザインがカタチになるのだぞ」という叱咤激励は、高校生にはとても効果があるそうだ。

今回のコンテストを終えて、長坂教授は大きな手応えを得たという。参加した高校の先生たちと触れて、教育に熱心な先生は多いと再認できたことも次回以降への励みになった。ただし、改善しなければいけない点も見つかったと語る。

「画面上では面と面がきちんと接合しているように見えても、実際のデータ上では宙に浮いてしまっているなど、そのままのデータでは3Dプリンターで造形できない作品も多数ありました。展示作品のほとんどは研究室の学生等(SolidWorks認定試験合格者)がデータを修正して対応しています。高校生のCAD技術の底上げをしたいと感じました。一方で、3次元CADと3Dプリンターを使って造形できないものはほとんどないので、自由デザイン部門では、建築や人型ロボットなど、作品のバリエーションを増やしていけるようにしたいですね。次回は、今回以上に実用的でありながら夢のある作品が多く集まってほしいと考えています」

長坂教授は、研究室の学生等による高校への出張学習会や、大学に高校生を集めて行う3次元CAD講習会を増やすことで、高校生の3次元CADのスキルアップに貢献したいと語る。既に、来年に予定している第2回に向け、協賛企業や高校などに対して働きかけを始めたという。コンテストを成長させて「高校生の一大イベントにしたい」と語る長坂教授。その動機は、多くの人々にものづくりの楽しさを知ってほしいという思いにほかならない。

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