100年以上前の歯科診療風景がモニターに映し出された。日本で最初の歯科大学として1890年に創立された東京歯科大学に、記録として残されている写真だという。ハンドルのついた電話機、割烹着のようなユニフォームを着る受付の女性に明治時代を感じる。東京歯科大学の学長室で井出吉信学長は画面を切り替えながら同大学の特徴を紹介してくれた。
「初めて歯科医学専門学校から大学(旧制)として認可された1946年に東京歯科大学市川総合病院を設立しました。日本では珍しい歯科単科大学が有する医科・歯科総合病院です。70年以上前から医学全体の中で歯科を捉えることを重視し、医師と歯科医師との連携、医歯学協働による研究に取り組んできました。例えば顎の骨折は外科で治療できますが、噛み合わせは歯科医師の担当です。こうしたチーム医療は高齢化社会においてますます重要となります」
同大学は市川総合病院に加え、最先端の施設設備を備える水道橋病院、地域医療を支える千葉病院の3つの病院で多様な臨床教育を行っている。また患者さんとの信頼関係を築くうえで欠かせないコミュニケーション能力の向上にも力を注ぐ。「歯科医師たる前に人間たれ」。野口英世の恩師として知られる同大学の建学者、血脇守之助氏の哲学がいまも校風として息づいている。
「食べることを管理することが歯科医療の重要な役割です。高齢になると食べる機能が低下し、肺炎の要因となる誤嚥(ごえん)※1 を起こしやすくなります。なぜ誤嚥をしてしまうのかというと…。これは胃カメラの映像です」
解剖学の教授でもある井出学長の、図や画像を使った説明は視覚的でわかりやすい。「歯科医学・医療では目で見て、触って感じて、3次元で想像することが大切です。例えばこれは舌骨※2 の3D模型です。舌骨の動きは飲み込むときのポイントとなります。学生の理解を深めるために患者さんのCT(Computed Tomography、コンピュータ断層撮影)データをもとに3Dプリンターで造形しました」
2014年に同大学は、歯科大学でいち早く3Dプリンターを導入した。次代を担う歯科医師を育てるためには最先端の環境で学ぶことが大切になるという。「本学は教育に力を入れています。その成果が16年連続歯科医師国家資格合格率No.1という実績にあらわれています。2017年度の平均合格率が約60%のところ、本学の合格率は90%以上です。歯科医療のデジタル化が加速する中、学生時代に3D技術に触れておくことは重要な経験となります」
同大学では、解剖学はもとより口腔外科でも3Dプリンターを積極的に活用しているという。「例えば、神経まで再現した顎の3D模型を作製します。その模型にインプラントを入れてみたり、模型を切断してプレオペレーションを行ったりしています。神経に触ると麻痺を起こしてしまうので、3D模型を使い、神経までどれくらい距離があるのかを感触として確かめておくことはとても大事です。本学と本学附属病院が協働で3D技術の歯科医療への活用を研究して臨床の場で役立てています」
※1 誤嚥:喉の奥には空気の通り道である気管と、水分や食べ物が通る食道が並んでいる。水分や食べ物が食道ではなく気管に入ってしまうことを誤嚥という。
※2 舌骨:舌骨は喉仏の一番上にあるアーチ状の骨。口を開けたり、ものを飲み込む時に動く。