確実なデータ保護と高速なリストアにより
ランサムウェア感染時も迅速な復旧を実現
自社の業務継続性向上とともに
国内大手自動車メーカーとの信頼関係を強化
杉浦製作所
山田 佳弘 氏
家庭のテレビの電源を入れると、当たり前のように映像が流れる。
しかしそれになくてはらないものがある。「アンテナ」である。
膨大なコストと労力のかかるケーブルの敷設なしでテレビを観ることができるのは、アンテナがあるからだ。
そのアンテナを半世紀以上も前から製造している企業が、
埼玉県さいたま市に本社を構える八木アンテナである。
地上デジタル放送がスタートするなど、近年アンテナ業界は 大きな変革の時代を迎え、それに 伴い設計の現場もこれまでにない対応を迫られている。
激しくなる企業間の競争。八木アンテナの設計部はある秘策に打って出る。
思わぬ抵抗、確実に変わっていく商品のクオリティ──。
設計部の心をひとつに走り出した「改革」を、追った。
3次元CADなどのデザインデータを、自動的に立体造形するシステム。ABS樹脂を造形材として使用し、その特性を活かしてさまざまな機能テストにも対応します。 コンパクトな筐体でオフィス環境でも利用できる60dB以下の静寂性を備え、デザイナーや設計者がネットワークプリンタを利用する感覚で、3次元モデルをデスクサイドでも出力できる3Dプリンターです。
歴史の長さは建物が物語っていた。
築40年近い建物は荘厳さすら感じさせる。しかし、老朽化のために近く取り壊され、社員たちは同じ敷地内に建設中の新社屋に移る予定となっている。そして、エントランスアプローチには知る人ぞ知る八木秀次博士の銅像がある。
アンテナには数多くの種類があり、その中で我々がもっとも日常的に目にし、アンテナの代名詞的な存在となっているのが魚の骨のような形をしたものだ。日本のみならず、世界中で目にすることができるこのアンテナを開発した1人が前述の八木博士であり、八木博士は世界的に有名な「八木(YAGI)アンテナ」の創業者である。
1925年、東北大学の教授だった八木博士が、同じ研究室の宇田新太郎博士とともにその基本原理を発見した。それまでにない高感度を実現する「指向性」を持つ高性能アンテナ。一般に『八木・宇田アンテナ』と呼ばれている。
その後、八木アンテナ株式会社設立(1952年)の翌年(1953年)に始まったテレビ放送によって爆発的に普及し、八木アンテナもそれに伴って成長していくことになる。
「アンテナというと家庭の屋根にある受信用のものを思い浮かべると思いますが、発信する側、すなわち放送局などが使うアンテナもあり、当社は創立当時からそうした業務用のアンテナも取り扱ってきました。『放送局からお茶の間まで』が当社のモットーなのです」
萩原修二氏。コンシューマ事業部機器設計部に所属し、精鋭60名近い同設計部門の責任者の立場にある人物である。
アンテナには車載用や防災用、鉄道用、中継局用など想像するより多くの種類があり、八木アンテナではそのすべてを扱っている。さらに増幅器、ケーブルテレビ用伝送機器、光ファイバー通信システムなどの「電子機器部門」、ビル共同受信や電波障害対策工事などの「電気通信工事部門」もあり、放送・通信用アンテナ、テレビ関連ほとんどすべての分野を網羅しているといっても過言ではない。
「アンテナが一般的な家電商品などと比べて違っているのは、デザインがさほど重視されないということです。業務用のアンテナはクライアントが求める性能をいかに出せるかがもっとも重要になり、『八木・宇田アンテナ』の形も昔と大きく変わってはいません。ただ唯一例外があります。入ってきた電波を引き上げる機能を実現するブースターや分配器など、コンシューマ向けの商品です」
コンシューマ向け商品は、機能や性能に加え、「デザイン」が売り上げを左右する。そのため、八木アンテナではコンシューマ向け商品のデザインにとりわけ気を遣ってきた。ところがデザイン性を追及する中で、ある困難を抱えていたのである。
「私が入社した18年ほど前はドラフターを使って図面を描いていましたが、10年ほど前に3D CADを導入し、その後設計部内のほぼ全員が使うようになりました」
商品を企画する際、八木アンテナではまず設計や企画の部門が集まって初期設計を行い、設計部が“Cut & Try”で初期試作として作ってみる。そこからデザイン変更を繰り返してブラッシュアップ。その後、外部へ光造形機による試作を依頼し、でき上がったモデルを検証、再度3D CADで修正をかけていくという流れだった。
「デザイン性を高めるのに重要なことは試作だと思います。CAD上でいくら検証しても、実際に造形してみると、例えば組付けなどで思わぬ不具合が見つかることがあります。また、大きさや形も実際に造形してみなければリアルに実感できません。デザインは『試作』を何度も繰り返していくことで、少しずつ研ぎ澄まされて完成度が高くなっていくわけです。ところが、それがままならない状況にありました」
当時、八木アンテナでは光造形での試作を外部に依頼していた。しかし、試作依頼が集中する時期などは順番待ちのため希望納期に沿わない状況もあり、そのフォローにも煩わされていた。
さらにもう1つ、それ以上に問題となっていたものがある。
「コストです。1回の試作で数万円から数十万円とかかるため、何回か繰り返すと大変な金額が必要で、予算オーバーになってしまいます。」
デザインの完成度を上げるための試作を繰り返すと、コストの問題を避けて通れない。そこで設計部内には必然的にある思いが生じてくることになる。
「通常、商品を企画するときには、複数の選択肢から最適なものを選んでいきたいと誰もが思います。本来ならばその1つひとつを試作し、詳細に評価した上で、最も優れた企画を商品化するのが筋です。ところがそれをしていたら、試作コストがかさみ予算オーバーになってしまう。そのため、十分に評価する前に、選択肢を1つに絞らざるを得ない状況でした」
「もう少し深く、可能性を追求したいのに、できない」──。
それが設計部内で抱えていた問題だった。
そしてアンテナ業界を襲った新しい波が、設計部に焦燥感を増幅させていった。地上デジタル放送の登場である。コンシューマ向けのアンテナは『八木・宇田アンテナ』やBS用のパラボラアンテナがメインだったが、地上デジタル放送の登場により、これまでにない形のアンテナの商品開発を迫られていた。その波に乗り遅れることは同社にとっても大きな痛手になる。2007年、設計部はついにある行動に出る。
「ある時CADを管理している担当者が、展示会でABS樹脂による3次元造形機のことを聞きつけ、サンプルを持ち帰ってきました。『これがあったらいいな』という話をしていたのですが、どれほどの費用対効果があるのかもわからず、時期尚早ではないかと結局導入は見送りました」
しかし、そうしている間もコンシューマー向け商品の設計部では日々開発中の製品について「外観を一部だけなおしたい」「もう一回確認したい」「トライできない」という同じ問題に悩まされていた。そんなとき、萩原氏はあることを耳にする。
「丸紅情報システムズがDimension3Dプリンターの発売5周年記念でおこなっていた貸出キャンペーンの情報を聞きつけたのです。期間は1年間でしたが、その間に導入するに値する商品なのか判断できるだろうと応募してみたところ、当社に当選の案内が来ました。」
萩原氏は社内承認を得るべくさっそく各部門に足を運ぶ。ところがそこに待っていたのは、予想もしなかった抵抗だった。
「だれが管理するんだ」「環境面の心配はないのか」「消費電力はどれくらいかかるのか」 「廃棄物は大丈夫なのか」「借りた機器を売りつけられるんじゃないのか」
萩原氏は質問攻めにあってしまった。
「ありとあらゆる質問が出ましたが、否定的な意見も多くありました。しかしここで断念してしまったら同じ状態が延々と続くことになる。それだけはどうしても避けたかった」
紆余曲折の末、萩原氏の現場を思う熱意が実を結ぶ。さいたま市の本社にDimensionが届いたのは、2007年4月だった。
貸し出されたDimensionは設計部のフロア片隅に置かれ、一部の人たちの手により使われ始めた。
「最初はみな『何だろうこれ?』という感じでした。こういうのができるんだよと説明すると、『いっぺんやらせてくれ』と、みな次々と使うようになりました。数ヶ月後には設計部ほぼ全員がDimensionを使うようになり、まさにフル稼働の状態でした」
萩原氏が便利さを実感したのは3D CADを使っているデスクのすぐ横で、次々と造形できる点だった。
「それまでは、光造形で試作品が完成するまでには平均すると1~2週間かかっていましたが、Dimensionは一日でできてしまいます。Dimensionを動かしている間は他の仕事をして、昼間修正し、夜に流しておけば翌朝にはできている。今までのように納期調整に煩わされることもなく、このスピードは圧倒的でした。設計部のみなで一気に作れるので時間のロスがありません。一度に造形台に十数個乗せて造形したこともあります。最初は「うまくいくのかな」と半信半疑な部分もありましたが、造形機の扉を開けばできているのです。こんな便利なものはありません。また、Dimensionがすぐにフル稼働になったのは、操作がとても簡単であることが大きかった。通常、こうした商品は説明書を読まないとわかりませんが、一回ほんのちょっと教えるとみな『わかったわかった!』といって使い始めていました」
こうして、Dimensionを完全に使いこなすまでに、多くの時間は必要なかった。
Dimensionが設計部に届いてから、萩原氏は試作した数、造形時間、使用したモデル材カートリッジの数、かかったコストなどすべてのデータを記録してきた。造形時間が速くなったのはいうまでもないが、コスト面でも想像以上の効果が出ていた。
「小物パーツが多いので、1個の試作にそれほど材料費がかかりません。1個の専用カートリッジから制作できる試作品の数でコストを割り出すと、低コストだなと実感しました。日々、試作した数は何倍も増えているにもかかわらず、コストは確実に年間100万円以上も安くなっていました。購入したとしても、数年使い続ければ元はとれることになります」
2007年、同社は地上デジタル放送受信対応UHFアンテナ『FLEMO(フレモ)』の開発に着手していた。ノートパソコンにも取り付けられる手軽なポータブル型で、いつでもどこでも電波をキャッチできるというアンテナである。
「最初にデザインしたものは試作してみると思いのほか大きく、『これではポータブルとは呼べないだろう』とさらにタバコサイズまで小型化を目ざしました。また、何の加工も施していなかった表面はでき上がってみるとツルっとして面白味がない。そこで、ゴルフボールのようなディンプルパターンを施したところ、俄然高級感が出ました。この商品だけで10回も試作を重ねましたが、その結果、非常に完成度の高い商品になりました。以前のように試作もままならない状況では、決してこうはいかなかったはずです」
そして、製造現場である中国の工場でも思わぬ効果を生んでいた。これまでは、光造形の試作モデルは丁寧に扱わないとポキと折れてしまったり、時間を経ると原型をとどめられないこともあるため、試作モデルを現地に搬送しようとは考えてこなかった。Dimensionはプラスチックと同じ材料であるABS樹脂で造形しているので、たやすく現地まで持ち運ぶことができる。
「試作モデルが製造現場にあることでもっとも変わったことは説明のしやすさです。商品には表に出る部分と裏になって見えない部分がありますが、外面は美しく仕上げて、見えない内側はカバーできるからそれほど精度を高く仕上げなくてもいいなど、金型への細かい指示が明確に伝えられた。それまでは、3Dデータだけでモニターを見ながら指示をしていましたから、製造現場への意思疎通がままならないこともありました。もう1点、画面だといくらでも拡大できてしまうもので、設計段階で1mmや2mmと決めた設計を元に、試作品を実物にしてみると、「これは細すぎるな」といった評価もできました。つまり試作段階だけでなく、製造段階でも商品のクオリティやデザイン性を向上し、さらに効率アップにもつながることがわかりました。とりわけ、この『FLEMO』については、若い技術者のアイデアが生かされています。4面もたせることで、置くだけでどの方向からでも電波をうけることができる無指向性アンテナになり、開いて一面にすると電波を強く受ける指向性アンテナにもできます。当社は一度投入したら20年もつづく息の長い製品もあります。FLEMOもそのような商品に育ってほしいのです。」
設計部が求めたもの。八木アンテナの社風でもある、モノづくりに専念して、やりたいこと、新しいことに挑戦して高められた技術の結晶をどのようなお客様にもよろこんでもらえるような商品へと高めること。それは『FLEMO』開発で試された「高いデザイン性とクオリティへの挑戦」に他ならない。
事実、2007年11月21日に発売開始された『FLEMO』に代表される地上デジタル放送アンテナは、トップシェアを獲得している。
魅力に富んだ商品力を武器に、八木アンテナの躍進が始まっている。
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