“病院の質”を上げる。「放射線科医」という、見えない星たち。

世間では、あまり知られていない。国内でその数はわずかに5,000人ほど。総合病院や大学病院などに勤務する。
だが、抜群の目利き力を誇る。モノクロの写真。決して鮮明とはいえず、おそらく一般の人にとってはほとんど意味をもたない写真。そこに見えるわずかな陰影や形、色などを頼りに、彼らは疾患名や状態を「診断する能力」をもつ。放射線科医。正式には「放射線診断専門医」。患者の前にあまり姿を現さない、プロフェッショナルな医療の扉を、開けてみたい。

時代が求めた放射線科医 画像から診断する高度な読影術

大学病院や総合病院。大規模な病院には数多くの診療科がある。甲府盆地のほぼ中央に位置する山梨大学医学部附属病院も例外ではない。消化器内科、循環器内科など「内科」だけで7科。「外科」も呼吸器外科、心臓血管外科など5科。皮膚科、小児科などそのほかの科を合わせると、24もの診療科を抱える。そのなかに放射線科もある。
佐野勝廣氏と曺博信氏。

「病院で放射線を扱う仕事」としては放射線技師という資格もある。だが、2人は放射線科の医師である。「放射線技師が『撮影』を担当するのに対し、放射線科の医師は主に『治療』と『診断』を担当します。それが大きな違いです」(佐野医師)

放射線科は「放射線治療」と「放射線診断」に分かれる。放射線を当てて悪性腫瘍などを治すのが放射線治療。X線CT(CT)や磁気共鳴画像(MRI)などの画像をもとに診断するのが放射線診断。医師も「治療」と「診断」の専門医に分かれ、ともに「放射線科医」、あるいは「放射線科専門医」と呼ばれるが、さらに専門別に、治療専門の医師は「放射線治療専門医」、佐野医師と曺医師は診断の専門医で、「放射線診断専門医」と呼ばれる。

「かつて放射線診断は内科医や外科医が臨床の片手間に担当することが多かったのです。しかしCTやMRIの性能が飛躍的に向上し、新しい撮像技術の開発とともに、さらに詳細な検査ができるようになると、それに伴って検査件数もかなり増えてきました。現在では、内科医や外科医が臨床の片手間に画像診断をこなすことは困難になってきています。そこで、画像診断に対する専門職が求められるようになってきました。それが我々放射線診断専門医です」(佐野医師)

人体の内部を画像化する方法は、CT、MRI、超音波など多岐にわたる。2人が主に扱っているのがCTとMRIの断層画像。MRIは検査時間が1時間に達することもあるため、1日にこなせる数は限られているが、CTの検査時間は数分~10分程度で、1日の撮影件数は60件にも達する。モニタに映される体内の断層画像。放射線科医はそれを読影し診断をつける。たとえば小さな丸い黒い影。それは臓器なのか腫瘍なのか。腫瘍だとして、良性なのか悪性なのか。悪性腫瘍なら他の臓器に転移しているのかいないのか。素人にはまったくわからないが、放射線科医たちは次々と判断していく。まさに職人芸だ。

しかし、こうした技術はすぐに身につくわけではない。「放射線科医」を名乗ることができるまでには、途方もない時間が必要なのだ。

もっとも大事なのは「適正な画像」 撮影までの計画が勝負

放射線科医を名乗る。それは果てしない道程だ。医学部卒業後、2年間の初期研修を経て、日本医学放射線学会の認定する研修機関で3年間の研鑚を積んだのち、一次試験に合格すると「放射線科認定医」に。その後さらに2年間の研鑚を積んで、二次試験に合格して初めて「放射線診断専門医」あるいは「放射線治療専門医」になれる。医学部入学から数えると、最短でも13年もの歳月がかかる計算だ。果てしない道程である理由の1つは、守備範囲の広さにある。

「我々のところには、すべての診療科から検査依頼が入ってきます。各診療科は脳神経外科なら脳神経の疾患を、消化器内科なら消化器の疾患と、“自分の専門の疾患”を把握しておけばいい。ところが我々は、頭から足の先まで“全身の疾患”を頭に叩き込んでおかなければ、すべての診療科の依頼に応えることはできません」(佐野医師)
現在の医療現場では年々専門化が進んでいるが、そうした時代のなか、放射線医は全身の疾患を診ることができる稀有な医師でもあるのだ。

高度な読影術、カバーしなければならない幅広い領域。だがこれらを合わせてもなお、放射線科医を語り尽くしたとはいえない。曺医師は語る。

「我々は画像を見て診断しますが、ただ撮影するだけでは“適正な画像”を得ることはできません。患者の訴えや血液検査などの結果から、どの撮影方法を使い、どのタイミングで撮影するべきかをマネジメントする。そのために撮影に関するあらゆる知識や理論を駆使して最適な検査方法を瞬時に判断しないといけません。その結果初めて“適正な画像”を手に入れることができるのです」

たとえば、血管や臓器などの明確な像を得るために造影剤という薬品が使われるが、その注入の方法、速度、タイミングによって写り方はまったく変わり、マネジメントを誤ると思うような画像が得られないという。そのためCTなどを撮影する前に、疾患を描出するために最適な撮影方法や造影剤の注入方法などの知識をフル動員して検討する。検討した内容を撮影計画としてまとめて放射線技師に伝え、ようやく撮影することになる。これほどの時間をかけるのは、適正な画像こそが“正確な診断”への近道だからだ。2人は検査・診断の合間を縫って、適正な画像を得るための研究も日々重ねており、得られたノウハウを学会に発表している。

「正確な診断ができれば適切な治療にもつながる。放射線科医は常に『病院の質』を高めることを目指しています」(佐野医師)いかにして『病院の質』を高めるか──。その目的のため、2人は7、8年前、新たな方法を模索し始める。

3D化に着手するも挫折 最新機器を揃え一気にNext Stageへ

2人が始めた取り組み、それは「3D化」である。通常のX線撮影で得られる画像は1枚だが、CTやMRIは輪切りの断層写真が何十枚、何百枚とあるため、それを縦に重ねることで立体的なデータにつくりあげることができる。平面より立体のほうが奥行き感を表現でき、診断もより容易になる。

「診断はもちろん、『術前計画』にも使えるのではと考えました。外科医が手術をするときに、腫瘍の位置や大きさがわかれば、頭の中で正確なシミュレーションを行い、結果として手術の精度が上がる。それを積み重ねることで病院の質を高めることにもつながる。そのために、ぜひ3D化を実現したいと考えていました」(曺医師)

だが、着手してすぐにその難しさを知る。CTやMRIから得た2次元の輪切りのデータを基に、3D化するソフトがまだ未成熟であったこと、さらに当時のワークステーションのスペックでは重いデータをスムーズに扱うことができず、1つの3D画像を得るのに何時間もかかっていたのだ。結局、3D化する数をごくわずかにとどめざるを得ず、臨床現場が変わったとは言い難かった。これまでと同じようにモニタで2次元の画像を見て対応する病院の医師たち。そうした状況が5年ほど続いた2008年、満を持してソフトとワークステーションを一新。ここで一気に3D化が進むことになる。

CTやMRIから得た2次元の
輪切りのデータを基に
3次元データを作成する。

3D化の評判は上々で、手術を担当する医師たちから3D化の依頼が数多く舞い込んでくる。2010年、佐野医師と曺医師はその勢いをさらに加速させる。考えついたのは、3D化したデータを最大限に活用する新しい試みだった。」

「臓器」を造形という先進的な試み

『モニタ上だけでなく、実際に“形”として手にとることができたらもっとわかりやすくなるはずだ』この考えのもと、導入が検討されたのが3Dプリンターだった。2人が造形したいと考えたのは肝臓や膵臓などの臓器である。「調べてみたところ、整形外科の分野ではすでに骨や関節を造形して臨床応用されていました。それなら臓器も造形できるだろうと」(曺医師)

2010年、3DプリンターのDimension(ディメンジョン)を導入。さっそく実物大の肝臓を造形してみたところ、他科の医師たちから「精巧にできているなぁ」と驚きの声が上がる。

「これほどまでにリアルに造形できるとは思っていなかったようで、他科の医師たちはみな感動していました。これならシミュレーションもやりやすいと」(佐野医師)

3Dモデルを必要とするのは、難易度の高い手術の場合だ。たとえば、腫瘍が臓器の奥にある場合は切除が難しく、大事な血管を切ってしまうと大出血を起こしてしまう。そこで、腫瘍と主な血管を位置関係がわかるように3Dプリンターで造形。外科医たちはそれをもとにシミュレーションをすることで、より安全に手術を行うことが可能になる。ここでも苦労はある。

「CT画像データはノイズが多く、3Dデータを作成する過程で血管などが途中で途切れてしまう。それを手作業で修正して正確な形を出しています」(曺医師)

今は一部の内科や外科のみの依頼を受けているが、動脈瘤(どうみゃくりゅう)などを扱う脳外科でも3Dモデルの需要は高いと予想され、将来的にはすべての診療科の依頼を受ける体制をつくっていきたいと語る。佐野医師と曺医師は、さっそく3Dプリンターで臓器を3Dモデルにした事例を学会で発表した。すると、会場では驚きをもって受け止められ、数多くの問い合わせがあったという。
 
病院の中では決して目立つ存在とはいえない放射線科。だがそこには、病院の質の向上のために日々奮闘する、見えない星たちとも言うべき医師の存在があった。

3DプリンターDimensionで造形した臓器のモデル

■肝臓の造形モデル
造形モデル本来は単色だが、医師が理解しやすいよう手作業で着色することもある。外科の医師はモデルで血管の位置関係を確認し最適な手術をシミュレーションする。

■膵臓の造形モデル/着色モデル。
右の写真のモデルは、動脈、静脈、腫瘍をわかりやすいように着色したもの。

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