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杉浦製作所
山田 佳弘 氏
夏の日差しが眩しい姫路商工会議所の一室に、MEMS(*1)に興味を抱く姫路近隣の企業から男女8名が集まった。
姫路商工会議所が産学連携への取り組みの一環として開催した第一回MEMS技術研修会。
実践的にMEMSデバイスを製作し、この新しい技術の習得を目指す。年齢は20代前半から40代。
それぞれの職種は、公設試の研究員から鉄鋼メーカーの新人エンジニアまでと様々だ。皆、半導体プロセス自体も初めてという顔ぶれだった。
Coventor Wareは、世界で最も有名なMEMS専用設計解析システム。MEMSデバイスを生成、モデリング、解析、インテグレーションを実行する4つの製品、 Architect・Designer・Analyzer・Integratorから構成されています。1995年に設立された開発元のCoventor 社では、マサチューセッツ工科大学(米国ボストン)との共同でマイクロマシンの解析シミュレーションを開発し、世界に先駆けてマイクロマシン解析ソフトウ エアを商品化しました。Coventor WareはワールドワイドでMEMSとMicro Fluidicsのトップメーカー10社を含む150社以上の企業・研究機関で使われています。また注目すべきは、大学・教育機関で1700ライセンス以 上使われていることです。
姫路商工会議所がMEMSを新たな産学連携のテーマとして取り上げたのは3年前になる。MEMSという言葉は、電気・電子部品関連の先進企業では認知されていたものの、まだ、一般的に浸透しているとは言いがたい状況だ。他の商工会議所から見れば、姫路での取り組みは飛び抜けて先を行っていた。「当時は私自身が、メムスと読むことすら知らなかったほど、“MEMSって何?”という所から、この取組みが始まったのです」姫路商工会議所の商工振興グループ リーダー西井健滋氏は、そう語り始めた。
MEMSというテーマにどのような可能性を感じたのですか?
西井氏:
商工会議所は、八百屋さんからハイテク企業まで多業種集まっている団体ですから、商工会議所が手掛ける中で『MEMS』は狭すぎて難しいテーマだと感じるのではないでしょうか。電子機器やセンサに関係する企業だけが関心を持たれて、それ以外の所では『関係ない』という雰囲気があったことも確かです。しかし姫路地域が持つ、この技術へのポテンシャルは高いと思ったのです。関西には、MEMSに積極的に取り組んでいる企業や研究者の方が多く、近隣地域との連携がとりやすいと考えています。それにMEMSには、電子回路の枠を超えた幅広い用途が期待できます。多種多様な企業が集まる商工会議所が取り組むことで、何か新しい用途を開拓できるのではないか、という期待もあります。
平成16年に「MEMS」というテーマで産学連携プロジェクトが動き始めた当初、「MEMSとは何か」といった内容で研究会を重ね、MEMSに関する理解を深めていくことに焦点が当てられた。しかし、MEMSの知識が少しずつ輪郭を明らかにしてくると、20名ほどの参加者の中にも、姫路の地域性が、MEMSという技術の「タネ」に合っているという認識が生まれてきた。西の播磨科学公園都市では、大型放射光設備Spring-8や中型放射光施設NewSUBARUなどがあり、これらを用いた最先端のLIGAプロセス(*2)の研究が行われている。また、東には、工業地帯が広がり、製品の試作を請け負ってくれる工場も少なからずある。元来、アイデア次第で様々なMEMS技術を活用した幅広い製品開発の試みが可能なのがこの姫路地域なのである。研究会に参加する人々の発言が少しずつ「MEMSとは何か」から「どのようにMEMSを利用するか」に変化してきた。背景には、何よりもMEMSという言葉が一般化し、プリンターのヘッドや圧力・加速度センサといったMEMS技術を使った部品が身の回りの製品に採用されたこともあるだろう。製法も確立し、MEMS製作実務を依頼できる請負企業も現れた。いつのまにか、姫路商工会議所のMEMS普及への取り組みは、時流に乗ったものとなる。
そのような流れの中、商工会議所の取り組みが兵庫県中播磨県民局の目にとまった。講演会を開き、姫路においてどのようにMEMS技術に取り組むことにより中小企業の技術開発力の向上、ひいては地域経済の活性化につなげたいという県民局の狙いと、商工会議所のMEMSにかける期待感が重なり、活動を加速するための補助金が交付される運びとなった。どのようにすれば、より幅広い分野の企業にMEMS技術に興味をもってもらえるのか? 「実際にモノを作ってみれば、MEMSがもっと身近に感じられる・・・」との有識者からの助言もあり、兵庫県立大学 前中一介教授の協力を得て、今回のMEMS技術研修会が実現した。なんと、中播磨県民局からの支援により、参加者1名につき1万円の参加費という破格の値段で、MEMS製作が体験できることになった。
初日は、「MEMSとは何か」についての説明からはじまった。主なMEMSの応用事例や、プロセス技術の概要について前中教授から講義が行われた。翌二日間は、丸紅情報システムズよりMEMS設計ツール、「コベンターウェア」の基本トレーニングとシミュレーション技術の解説が行われた。皆、食い入るようにパソコンの画面を覗き込みながら操作方法を学んだ。そして三週間後、与えられた3mm角の設計スペースにそれぞれのアイデアのラフスケッチを描いて、8名は帰ってきた。再び二日間をかけて、MEMS試作サービス「MUMPs(*3)」に出すための最終的な仕様となるマスクレイアウトを完成させた。
3カ月後、完成したチップがMEMSCAP社より届けられた。各自のデザインがウエハ上に作られた微細な立体構造となって研修生の目の前に置かれている。皆、真剣な表情で目の前の「MEMS」を見つめながら、前中教授の説明に聞き耳を立てている。これから開かれる成果報告会では、実際に各デバイスの動作確認が行われることになっている。季節はもう冬となっていたが、会場の熱気は肌寒さを感じさせない。実質的なソフトウェアの使い方には二日間しか費やされなかったにもかかわらず、ふたを開けてみると、どれも趣向が凝らされたMEMSデバイスが完成していた。
櫛形のアクチュエータ、モーターや上下に振幅するミクロンサイズの「釣り針」といったものまである。3mm角の中に描かれた各自のデザインには、どれも半導体プロセスに初めて挑んだ人が描いたものとは思えないほどの精緻な美しさがあり、同時に、どのような動作をするのだろうかといった不思議なワクワク感を与えてくれるものばかりだった。
「どのような設備があればMEMS技術に取り組むことができるのか、兵庫県立大学にある機器を調べています」と研修生の一人が教えてくれた。企業派遣で研修会に参加したものの、所属する会社にはMEMSに関連する機器は一切ない。MEMS技術に取り組むとすれば、まず必要最低限の実験室を立ち上げるところから始まる。実際にMEMS技術に用いられるプロセス機器は高価な物が多く、エッチング装置で一千万円以上、蒸着装置で数百万円と簡単には手を出せないものばかりが並ぶ。しかし、作製プロセスを外注し、アイデアだけでMEMSを完成させることができるとなれば、投資は設計ツールと汎用の評価設備だけで済む。今回の研修会と同じステップを踏めば、アイデア一つで新たなMEMS製品の開発ができる。成果報告会に出席したその研修生の手には、できあがったMEMSデバイスがぴったりはまる、お手製の評価用治具が完成していた。MEMS技術も工夫次第で、誰もが使える技術になっている。
別の研修生は、「コベンターウェアの操作自体は、あまり難しくなかった」とコメントをくれた。しかし、落とし穴もあった。電極を付けるために設けられた、隣り合う金パッドが小さすぎて、隣のパッドにも電極がくっついてしまうという設計上の不備があったのだ。どこか神秘的な雰囲気を感じさせるその円形状のMEMSデバイスは、残念ながら、駆動させるまでには至らなかった。どことなくみんなの視線が下を向く。しかし、別のデバイスがモニタ画面の中で動いたその時、「あっ、動いた!」と真っ先に感嘆の声を上げたのは、その失敗した人に他ならなかった。ものづくりと共にある悲喜は、所属する企業はちがっても、その場にいる全員が分かち合うものだった。
研修生の真剣な表情は、いつの間にかデバイスが動く感動と喜びの笑顔に変わっていた。姫路商工会議所の取り組みの新たな1ページに研修生の名が刻まれ、成果報告会もお互いのアイデアと挑戦を讃えつつ幕を閉じた。報告会の当日、機器の調整や実体顕微鏡を覗いてのマニピュレータ操作を一日中繰り返していた前中教授や、教室の片隅でじっと見守っていた西井リーダーの顔にも安堵の笑みが浮かぶ。前中教授も「自分自身の手で描いたデザインが実物として動作しているので、みなさん感激していました。少なくともMEMSの可能性についてそれぞれ何かをつかんで帰られたのではないかと思います」と手応えを語る。「今後も、今回のような体験を通じて、多くの方にMEMSをより身近に感じてもらいたい」と西井リーダーが続いた。
今回の取り組みは、先端技術により地域の産業基盤を活性化させたいという県民局の思いと、地場産業の視点でMEMS技術の裾野を広げ活用したいという商工会議所の思いが融合し、実現した。そして、MEMS技術を幅広く普及する土台として、兵庫県立大学の前中教授の全面的な協力のもと、「MEMS技術研修会」というひな形ができあがった。今後、姫路の産業はどのような方向へ加速していくのだろうか? 西井リーダーの胸の内には一つの夢があった。
西井氏:
夢は、姫路地域の複数の企業が協力し、MEMSを使って何か新しいデバイスや製品を開発するプロジェクトを立ち上げることです。東大阪で行っている、町工場の力を結集して人工衛星に寄与する取り組みは、いいお手本です。愛知といえば『自動車』、姫路といえば『MEMS』と言われるような、姫路を支える21世紀の新しい地場産業の特色として、(MEMSが)定着したら、こんなにうれしいことはありません。
MEMS技術は着実に姫路の土壌に根を下ろし始めている。
平成19年度、兵庫県立大学の前中一介教授を研究総括として「安全・安心な社会を実現するための先進的統合センシング技術の創出」のため、科学技術振興財団による5年間のプロジェクトが発足した。MEMS技術を用いて、人間の生活環境や生理的反応を高精度にモニタリングすることにより、過労や不注意に起因する重大事故の予防に貢献することを目標にしている。
夕暮れは間近に迫っていた。MEMSプロセスで刻まれた世界最小の姫路商工会議所の文字が前中教授の熟練されたマニピュレータ捌きによって少しずつ起き上がり、ミクロの留め金で垂直に固定された。研修生に混じって片隅からモニタ画面を覗き込んでいた西井リーダーの顔から感動が伝わってくる。
3年前の研究会では思いもよらなかった、アイデアを具現化するという取り組みの第一歩が踏み出された。過去、はるか遠くにあった技術が、今や誰の手にも届くほど近くにきている。でき上がるものは指先にのる程小さいけれど、その技術は姫路の人々に新たな夢を咲かす大きな活力を与えてくれるだろう。
(*1)「メムス」Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム、および、半導体製造技術を応用した微小の構造体やMEMSの製造技術。
(*2) Lithographie,Galvanoformung,Abformung:(独)「リソグラフィー、電鋳、モールド」X線による露光技術を利用しアスペクト比が高く、極めて高精度の微細構造体を作製する技術。
(*3)「マンプス」Multi-User MEMS Processes:MEMSCAP社によって提供される、MEMSデバイス試作サービス。
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