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建設分野 3Dプリンター活用事例

前田建設工業株式会社 様


前田建設工業株式会社
建築設計部 建築設計グループ リーダー 綱川 隆司 氏
建築設計部 建築設計グループ 瀧田 由美子 氏
建築設計部 建築設計グループ 上野雅史 氏

手作業という「最先端」。
試行錯誤の末に手に入れた「伝えやすいツール」
〜図面、3D CADでも伝わらず
その問題を解決したツールとは?〜

人がいるところには、必ずコミュニケーションが存在する。

自分の思いを伝え、相手の思いを受け取り、お互いを正しく知ることを人はめざしている。しかし、伝えたいことが複雑になると、そこに誤解や齟齬が生まれてしまうことになる。建築設計業界が直面していた問題も、まさに「伝える」ことの至難さだった。自分たちの思いが正確に伝わらないもどかしさとジレンマ。
前田建設工業のスタッフたちはついにある決断をする。

「異次元の世界を手に入れました――」
伝えることに喜びが芽生え、育ち始めた。





受注のカギとなるプレゼンテーション

『何をやっているんだ、あそこは――』
社内の人間は、みな怪訝な表情でその様子を遠巻きに見ていた。
それもそのはず、部屋全体に漂う塗装液の臭い、何かにとり憑かれたように黙々と手作業をこなすスタッフたち、その空間は異質な雰囲気を醸し出していた。

「デジタル」「IT」が叫ばれている時代に、それはあまりにアナログ的な風景であり、周りの反応はある意味必然だった。だがこの風景こそ、建設業界においても常識を覆す最先端かつ画期的な取り組みのワンシーンだった。
東京・練馬区。ここ光が丘本社で綱川隆司氏、瀧田由美子氏、上野雅史氏、の3名が出迎えてくれた。建築設計部・建築設計グループに所属している面々である。

前田建設工業はいわずと知れたゼネコンで、日本でもトップ10に入る売り上げを誇っている。事業は大きく「建築」と「土木」に分かれており、建築では福岡ドームなどを、土木では青函トンネルなどを手がけた実績がある。その中で建築部門の一翼を担っているのが建築設計部である。
「当社の建築部門は、主にマンションなどの集合住宅、メーカーの生産施設、古くなった施設を手がけるリニューアルがあります。我々が所属している建築設計部は建築部門が扱う物件の中で設計から依頼された物件について、設計からはじまり現場監理まで行っています」

建設業が他業種と最も異なる点は、つくるものの巨大さとその価格である。そのため、すぐに契約に結びつくことはなく、大半はコンペや入札での受注で他社と競合することになる。
「私たちの部署は新規顧客獲得を目的としており、引き合い段階から営業と一緒にクライアント先に出向いて要望をお聞きし、それを元にプランを考えていきます。コンペの場合、多いときは10社ほどと競争することもありますが、通常は3~5社での競合がほとんどです。その際にもっとも大事となるのがプレゼンテーションです」
プレゼンテーション。プレゼンと略され、ビジネスの世界ではごく当たり前のプロセス。しかし、建設業界中でもゼネコンクラスのプレゼンは、他業種とはまったく違う難しさを抱えていた。



図面、3D CADでも伝わらず

建設業界のプレゼンの難しさ、それは「巨大さ」とそれに伴う「複雑さ」にある。何十階建てのビルやマンション、空港、工場など。伝えるべき膨大な情報量は一般住宅と比べものにならず、それゆえにクライアントのチェック項目も多岐に渡る。
同時に、仕様や仕上げ表ではわからない「雰囲気」という抽象的な部分まで伝えたいと、設計者たちはさまざまな方法によって、頭の中にあるイメージをいかに直感的にわかりやすく表現するかに腐心することになる。
「以前は図面とCGパースが主流でしたが、建築物は3次元であるのに、それを2次元で表現するために非常にわかりにくくなることが問題でした」

先進的な取り組みには真っ先に挑戦するという社風をもつ前田建設工業は、2000年という早い段階から3D CADを導入。その年から実物件で意匠用の3D CADを使うなど、早くから設計の3次元化に力を入れてきた。また、3Dのバーチャル空間の中を進むことで、あたかも建物の中を歩いているかのような体験ができる「ウォークスルー」も導入した。
3次元設計の導入によって、プレゼンの状況は大きく変化することになる。平面図や断面図を使ったプレゼンや打ち合わせが少なくなり、「わかりやすいから」と、3D CADやウォークスルーを使った説明が増えていった。しかし、前田建設工業の設計スタッフたちにとってはまだまだ不満が残っていた。
「建築データはとにかく重いので扱いにくく、“3D”といっても、結局はモニタという“2次元”を介して表現するため、グルグルと回してみたりするもののまだわかりにくい。また、プレゼン時には我々が操作して見せることができても、その後クライアントの社内で検討する際には、データを見るための操作にスキルを必要とするため、見るべき人が見られないという状況も想定できます」

このような問題は、以前より存在し直感的にわかりやすい「模型」という手法で解決できる。バーチャルデータと違い手でさわったり、当然ながらクライアントに特別なスキルも強いたりすることもない。だがその模型も決して万能ではなかった。





時間のかからない模型製作を

「コンペの場合、最初にクライアントから案件説明をいただいてから、当社のプランを提出するまでの期間は1ヶ月ほどというのが通例です。また、場合によっては3週間しかないこともあります。模型製作には2週間程度必要で、実際の設計作業は1、2週間で終えなくてはいけません。設計の時間を確保するために、模型製作は社内だけではなく、外注の会社も使っていました」
外注することで模型そのものは製作できていたが、問題は変更への対応だった。模型業者にプランを渡した後も、プランの変更は頻繁にあり、その都度連絡して修正してもらうものの、提出間際となると変更を反映できないまま提出せざるを得なかった。

そんなとき、以前から取り引きがある大手企業から案件が舞い込む。広大な敷地にいくつもの工場を建てるビッグプロジェクトである。生産施設のため「無駄」を嫌う傾向が強く、その部分について図面やCGパースなどで説明しても「わかりにくい」と言われてしまうことも多い。
「数多くの工場建築のプランを考えなければならず、設計作業の過程で膨大な変更も予想される。そうなると、模型製作を外注に出していたのでは対応できません。そこで、内製化してリアルタイムに変更に対応できる体制にするにしても、模型製作に2週間も時間をとられてしまっては、設計作業の時間がなくなってしまいます。内製化しながらも、模型製作の時間が短時間で済む手立てはないものかと考えていました」
建設業界では一般的に、模型の材料として発泡スチロールを紙で挟んだ「スチレンペーパー」や「スチレンボード」と呼ばれるものが使われており、カッターで切って接着剤で貼りつけて模型を製作していく。細かい手作業のために時間短縮には限界があった。

綱川氏はある1つの解決方法が頭の中にあった。それは建設業界では一般的な手法ではなかったが、綱川氏は「イケる」と踏んでいた。
前田建設工業の「最先端」が、始動しようとしていた。



得られたのは「時間」、そして「精度」

「以前、お客様のところで目にして『こんな便利なものがあるのか』と強いインパクトを受けました。ただ、その時見たものは非常に躯体が大きく、当社のオフィスには置けないなと諦めていましたが、その後、オフィスに置ける小型のものが登場したのです。3Dプリンターです」
光造形や粉体造形などの装置も検討したが、造形材料が丈夫で扱いやすく、経年変化の耐性にもすぐれたABS樹脂熱溶解積層造形方式のDimension 3Dプリンターを選んだ。

Dimensionは通常の紙のプリンターを使うような簡単操作で導入後すぐ使い始めることができた。それまで2週間かかっていた模型製作は1週間で完了し、内製化したことで設計変更にもすぐに対応可能で、提出直前まで模型を修正、変更できるようになった。「模型製作の時間短縮とリアルタイムな設計変更」という当初の目標はクリアしたのだ。しかしスタッフたちは、それ以上のものに目を奪われていた。仕上がりの精度である。
「スチレンペーパーとまったく迫力が違うんですね。工芸品というと大袈裟ですが、職人が1つひとつ手でつくったような緻密感がある。次元の違う仕上がりでした」

綱川氏は1つの例を挙げる。
「例えば、格子状のルーバー(※)で被われた階段はスチレンペーパーでつくることができません。これまでは、小さなアクリル板に傷をつけて『これはルーバーです』と説明していました。Dimensionでは、直径0.5mmほどの細い線まで造形できるので、中の階段をうっすらと見せることができる。つまり以前は単なる『記号』でしかなかったものが、今はリアルに再現できる。我々が伝えたいと思っていた『イメージ』や『雰囲気』といった抽象的なものが表現できるようになりました」

※ルーバー:
日照調整のために天井または壁面に設けられる、固定また可動の羽根状の板。




隈研吾氏設計「開花亭Sou-an」を3次元プリンター「Dimension」で作成した模型。
協力=隈研吾建築都市設計事務所・前田建設工業。
(ArchiFuture2008 グラフィソフトジャパン株式会社ブースにて展示,日刊建設工業新聞2008年11月17日13面掲載,日経BP『イエイリ建設ITラボ』2008年11月4日WEBケンプラッツ掲載)

中国でのコンサルティング事業に使用されたPCa工法の説明用モデル

設備のダクト・配管データを統合したモデル

1ルームモデル
((株)エクスナレッジ『建築知識』2008年10月号108〜109ページ,(株)エクスナレッジ『月刊CAD&CGマガジン』2008年11月号126〜129ページ掲載)


設計時の3Dデータがそのまま活かせる

導入してからDimensionがフル稼働となるまでに、それほど時間はかからなかった。その中でスタッフたちはさまざまなノウハウを構築している。
「まずわかったことは、模型製作のスピードを上げるには最初の計画が大事だということです。この物件は何を一番見せたいのかをはっきりさせて、その部分は個別に造形したほうがきれいに仕上がる。逆に重要でない部分は時間を省略するために一気にまとめて造形すれば、短時間での完成が可能になります」

クライアントへの提示方法にもさまざまな工夫がされるようになった。例えば、意匠、構造、設備などすべて完全な状態のビルの各階をワンフロアずつ造形する。クライアントは、組み立て用の説明書に従って組み上げ、建物全体を詳細に理解できるような取り組みも行っている。

Dimensionによる模型製作で、大きく変わったことがもう1つある。職場に「自然な打ち合わせ」が生まれるようになったことだ。部署に模型を置いておくとスタッフが自然と集まり、いつの間にか打ち合わせが始まり、いろいろなアイデアが出てくるという。
「この間も外観がさびしかったので『壁面を自然緑化にしたらどうだろう』という意見が出ました。緑の葉っぱをあしらったところ、非常にいい雰囲気のビルに仕上がりました。今では細かい部分の塗装にもこだわっています」

現在、ABS樹脂で造形したプランはすでに6物件。「Dimensionで造形した模型は製造業の方の琴線に触れるらしく、わざわざクライアントが当社まで足を運んで来られました」

Dimension導入には大きな意義があったと綱川氏は言う。
「当社はプランを3D CADでつくっていますが、スチレンボードで模型をつくるとそのデータがまったく活かせません。それがDimensionで造形することで3D CADのデータがそのまま活用できる。流れに一貫性があって無駄がないんですね。構造や設備も3D CADで設計しているので、そのメリットは非常に大きいわけです」

そして2008年秋、Dimensionで挑んだコンペがついに実を結ぶ。大型案件を受注したのだ。

今日も、建築設計部の面々は黙々とDimensionで造形した部品で模型を組み立て、そこには、塗装液の臭いと新たな挑戦への情熱が立ち込めている。
建設業界の常識を覆す、最先端かつ画期的なプレゼン手法で未来を切り拓くために。



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