医療分野 3Dプリンター活用事例
音、風、匂い、直感──。
視覚障害者は外出するとき、五感をフルに使いさまざまな情報を得て歩いている。しかし、それでも視覚情報が入らないことによって多くの不便を強いられている。
その現状を少しでも変えるべく、画期的な商品を開発し、「愚直に、かつ丁寧なものづくり」を実践されている企業が東京にある。株式会社アイプラスプラスだ。
商品の名は「AuxDeco(オーデコ)」。なんと世界初となる技術が盛り込んである。ところがユーザの声を拾うと次々と問題点が明らかに。『つくり方を変えるしかない──』目をつけたのが、3Dプリンターだった。
課題 >> 効果
国内の視覚障害者の数は、約31万人。そのうち約10万人が全盲者だといわれている。「視覚障害者が外出するときは白い杖を頼りに歩きます。盲導犬もありますが、全国に1,000頭ほどしかいないためまったく足りていません。そこで開発したのが『オーデコ(AuxDeco)』です」
きっかけはイギリス人の耳が聞こえないパーカショニストを紹介した記事。ステージではあえて靴を脱ぎ、足裏でリズムを感じながら演奏していることを知り、『足裏が鼓膜になるなら、額が網膜になるのでは』と考え、研究はスタートする。1998年に始まった研究は、当初、試行錯誤の繰り返しだったが、スタートから2年後、ヘッドバンドのカメラ画像からコンピュータが輪郭を電気刺激に変換し、額部分に装着された電極から輪郭を皮膚で感じる方法を思いつき、2003年に特許を取得する。
そしてその年の9月、東京大学大学院の舘暲教授の協力を仰ぎ、2009年4月に、ついに世界で初めてとなる、額の触覚を利用してものの形を認識できる『オーデコ』が誕生する。だが、これで終わりではなかった。
オーデコは情景の輪郭を伝えるものだが、これは非常に画期的なことだった。それまで視覚障害者は手で触れなければその形が丸いのか四角なのか三角なのかはわからなかった。それが、オーデコを使えば物に触れずして形がわかるようになったのだ。歩いていて「先に車のような形がある」ということがわかるのだ。
ところが商品化し、いざユーザの声を拾い上げると、わかるはずの形がわからない、という声が上がった。問題はどこにあるのか。調べてみると、額に当てるヘッドバンドの形状がユーザの額と合っていなかった。
「ヘッドバンドは、多くのユーザの額を計測しその平均値を形にしていました。ところが額の形は人によってさまざまなため、形が合わないと額と電極の間に隙間ができてしまい、コンピュータが処理したデータが額に伝わっていませんでした」
この問題を解決する方法は一つしかなかった。オーダーメイドだ。でもどうやってそれを実現するのか。白羽の矢を立てたのが3Dプリンターだった。
3Dプリンターの情報収集をするなかで丸紅情報システムズと出会う。「導入検討の際、自由な議論や丁寧で客観的な情報提供を受け、課題解決が出来た」こともあり、導入を決める。
「工程は3つあります。最初が額の形状測定で、大きさと曲がり具合の2点を測ります。次に3DCADで設計し、最後に3Dプリンターで造形し、組み立てます。この3つの工程でわずか10時間以内で済みます。これは、遠くのお客様が午前中の早い時間に来てくださればその日のうちにお渡しできることを意味します。お客様にとってもすごいメリットになります」
それぞれの額に合った形のオーダーメイドの商品ができることで、オーデコ本来の性能を発揮できるようになった。その上、量産するわけではないので在庫リスクもなくなった。
「一般的な商品と違い、弊社の商品は一人ひとりに合ったものを丁寧につくらなければなりません。それが視覚障害者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めることを使命とする弊社の役割だと思います」会社を設立したのは2005年だが、当時、思い描いていたのは、視覚障害のある小さい子どもたちに使ってもらうことだったという。ところが子どもはどんどん成長するため、ヘッドバンドの形を変え続けなければならない。オーダーメイドの実現は創業当時の夢を叶えることにもつながったのだ。
現在、海外進出を積極的に進めており、現地で額を計測して現地生産する体制を築こうとしている。「視覚障害者は仕事がなくて困っています。オーデコづくりの現場で視覚障害者が働けば収入を得られることでQOLの向上にもつながります。そんないい循環をつくることが目標です」