コンシューマー分野 3Dプリンター活用事例
株式会社ホタルクス(東京都港区)は、NECグループとしてスタートした光源製品および照明器具の開発、製造および販売を行う企業である。2019年にNECグループより独立し、現在は照らすあかり以外の価値創造にもチャレンジしている。
真空管技術を採用して設立された同社のメイン商材には蛍光灯もあり、中でも「ホタルック」は1995年の阪神淡路大震災後に市場からの要望を受けてたった1年以内という短期間で開発されたロングセラー商品。その他、同社の手がける商材には家庭用シーリングや施設照明があり、また、航空機の安全な着陸を支える航空機着陸誘導閃光装置に至っては国内シェア100%を誇り、まさに戦後から現在に至るまで人々に安心・安全を提供している。
ホタルクスは近年、従来の照明器具業界からさらに光を活用した空気清浄機、除菌へと対象を拡げ新たな一歩を踏み出している。すでにスタンダードという位置を得た照明器具とは別の新たな市場で、「〜といえばホタルクスだよね」と誰もが思うような製品を生み出したいと考えていた。そんな中、除菌についての話が挙がる。奇しくも同社が独立した直後、世界でコロナ禍へ突入しそれまでの日常とは違う様々な対応が求められ、当時は多くの企業や顧客は空気清浄や脱臭に関心を寄せていたが、ホタルクスの開発チームは市場の声に耳を傾けるうちに別のニーズに気づいていった。また、感染症の対策が急務で求められる中、防止策の研究も進んでいき、物理的な対策の必要性が明確になっていく。
時を同じくして、ホタルクスは日本の空の玄関口として感染症対策を強化したいと考える成田国際空港とともに空港内の除菌という安全対策について協議を続けていた。空港施設内には、100台ほどのタッチパネルが設置されている。平常時であれば多くの渡航者などの利用者が溢れ、対策を講じるには難しいが、コロナ禍で渡航制限中となる期間は対策準備をするのに最適な期間であり、この時期に対策を完了させる必要があった。当時は全く別の構想からスタートしていたが、検討を進めていくうちに物理的な感染症対策へのニーズの明確化とともに、後発で上がってきた課題であるタッチパネルへの対策の優先度が急激に上がることになった。
成田国際空港内には、多くのタッチパネルが設置されている。物理的に多くの人々が触れるこれらのパネル画面を定期的に除菌する必要がある。消毒液など物理的に接触する方策では、機器の故障懸念があるため、ムラなどが発生し完全に除菌をすることは難しいことが検証を通じてわかっていた。そこでホタルクスの持つUVライトで除菌をする技術が大きく役立つことになる。同社は、特定のUV波長(UV-A)を使用することで安全と除菌力を兼ね備えた商品「HotaluX TOUCH(ホタルクス タッチ) 」を開発。たった10秒間対象物に近紫外線を照射することで、様々なウイルスに効果があることが外部検証機関の試験で分かっている。
成田国際空港での対策検討を進めるうち、HotaluX TOUCHの除菌を行う接触面となる額縁部分の形状を対象物に合わせて変える必要性が高まりはじめていた。そんな中、同社滋賀工場で丸紅情報システムズからレンタルサービス「 MSYS 3D Printer Rental 」の提案を受ける。
照明の開発では、切削品を活用するのが一般的であるが、新たに3Dプリンターによるスピーディな部品試作を実現すべくF170 3Dプリンターのレンタルを開始した。
「当初はスピードと価格を一番に求めていました。それまではあり物を使うか、樹脂切削や材料サンプルで作るしかなかったものを、3Dプリンターを活用すればすぐに、しかも低コストで試作を行えるようになるのではという期待がありました。」(沼田氏)
こうして試作への活用を目的としてスタートした3Dプリンター活用であったが、開発が進むにつれHotaluX TOUCHの小型部品の量産コストという課題に直面する。そんな折に当製品のアタッチメント部品の製作に3Dプリント部品が活用できるのでは?というアイデアが社内で挙がったのである。3Dプリンターで部品を製作すれば、少量生産の部品製造に大きな金型費を投じる必要もなく、対象物に応じてカスタマイズするという柔軟な設計も実現することができる。
ホタルクスは大手製造業を由縁とするが、リーンスタートアップの精神も兼ね備えた企業であり、アイデアを素早く具現化することにも長けている。
F170 3Dプリンターを活用したアタッチメント部品開発は、形状確認など特に機能性や作業性の確認のために試作段階でも多く活用した。試作モデルを迅速に手にすることで、グリップ感や作業時の使用感なども評価でき、フィードバックも得やすいというメリットがある。3Dプリントモデルで実際に作業者の方に試用してもらい、課題を洗い出すという柔軟な開発プロセスを実現した。変更した製品を空港に1週間貸し出し、フィードバックを得る。最終段階ではフィールドからの評価済みのため、決裁者からの最終承認も得やすいというメリットもあった。
こうしたアジャイル型の開発過程を経て辿り着いたのがローラーでの作業効率の向上と、3Dプリント・アタッチメント部品である。照射対象となるタッチパネルのサイズや形状に合わせ、アタッチメント部品のカスタマイズを行った。製品への取り付けやすさや、対象物に対してフィットして漏れなくUV照射するだけでなく額縁を傷つけないことが求められた。
「小さな部品ではあるが、設計修正、造形、組み付け、検証、修正、、、と試作検証を社内でできたことも莫大な開発期間の短縮になったと考えています。」(伏井氏)
こうして開発されたアタッチメント部品を含むHotaluX TOUCHにより、作業者に大きな負荷をかけることなく簡単に対象物にピッタリとフィットし、除菌UV光を漏れなく照射、短時間でパネル除菌を行うことを実現した。
たった8ヶ月で行われた一連の開発とアタッチメント部品の製造は、まさに迅速な試作(ラピッドプロトタイピング)とカスタム製造という3Dプリンターならではと言える機能を最大限に活用した結果と言える。
F170というエントリー3Dプリンターから始まったホタルクスでの3Dプリント活用だが、今ではF370 とObjet30 Primeというそれぞれ異なるテクノロジーの3Dプリンターを導入するに至っている。アタッチメントに活用したFDM 3Dプリンター(F170/F370:量産品に使用される熱可塑性樹脂を使用)とは相対的に、PolyJetシリーズの3Dプリンターは滑らかな部品表面とともに透明などのモデルを造形することができる。
「レンタルから始まり、更にHotaluX TOUCHの開発を通じ、ホタルクス内での3Dプリンティングに関する知見もとても深まりました。自身のノウハウとこの知見を活かして其々の3Dプリンターを使い分け、今後は製品の試作や最終部品だけではなく、照明器具の開発における光の透過性の検証、さらには顧客提案時のマーケティングモデルなど更に活用を広げていきたいと考えています。製造にまつわる治具への活用も興味深いですね。」(柳橋氏)
HotaluX TOUCHをはじめとする自社製品開発を通じて培われた同社の3Dプリント活用のノウハウは、今後さらに画期的な製品を世の中にもたらし、人々の暮らしを安全安心に照らしてゆく。