限られた開発期間の中で最高品質の自動車部品をつくり続ける【マーレ フィルターシステムズ/福本 一朗】

走ればいいという時代は完全に終わった。
燃費向上、CO2排出量削減、騒音対策、リサイクル、廃棄物低減──。
自動車業界は、かつてないほどのさまざまな要求に応えなくてはならない。
自動車部品を製造するマーレ フィルターシステムズも、状況は同じである。
「自動車メーカーの要望は年々増えています。その一方で、消費者の細かい
ニーズに迅速に対応するために、開発期間の短縮化も求められています。
つまり、少ない時間の中であらゆる要求に応えた高品質な製品を
つくらなければならないのです」
設計や製造現場の改革などによって開発期間の短縮を図ってきたが、
2015年、また一つ時間の壁を突破した。
ドイツに本拠地を置き世界に展開する、マーレグループの現場改革に迫った。

安田 裕史氏

世界に170か所の生産拠点を持つマーレ

全世界に約170か所もの生産拠点を持ち、全従業員数が75,000人にも及ぶマーレグループ。世界中のあらゆる自動車メーカーと取引があり、マーレグループなくしては、自動車産業が成立しない、と言えるほどの規模である。
研究開発の拠点として世界13か所のテクニカルセンターがあり、本社のあるドイツのほか、イギリス、アメリカ、ブラジル、インドなど、そして日本にも拠点を構える。埼玉県川越市にある、マーレフィルターシステムズのテクニカルセンターがそれだ。
「ここではエアクリーナー、インテークマニフォールド、オイルクーラーなどを開発しています」
福本一朗氏。テクニカルセンターで勤務する人物である。
「エアクリーナーは、エンジンに空気を送る際に空気をろ過する装置です。インテークマニフォールドは、エンジン内で爆発を起こすのに欠かせない空気を供給する部品。オイルクーラーは、エンジンをスムーズに動かすために必要なエンジンオイルを冷却するもので、以前は温まったオイルを冷やすことに主眼が置かれていました。現在では温めてオイルの粘度を下げれば、抵抗値が低くなって燃費がよくなることがわかり、近年は温める機能も付き、『オイルウォーマー』とも呼ばれています」
テクニカルセンターには設計部があり、ここで製品の設計が行われている。それを元に試作部門で試作品がつくられ、生産技術部でも金型から試作品や量産品がつくられる。そして、福本氏らが所属しているのがテクニカルセンターの「NVH・流体制御実験グループ」である。
「NVHとは、騒音、振動、乗り心地のことで、車の法規、快適性に問題がないかを調べます。また、エアクリーナーやインテークマニフォールドなどには空気が流れ、オイルクーラーにはオイルが流れるというように、すべて流体に関係しています。このような流体が効率よく流れているのかを調べるのも我々の仕事です」
試作段階で発注元のオーダー通りの性能が出ているのかを確認し、量産段階でもチェックが入る。一つの製品につき平均して1~3回の評価が入り、耐久性が求められる商品の場合はさらに評価が重ねられる。
「近年は設計から量産立ち上げまでの期間が年々短くなっており、10年前まで3~4年だったのが、ここ数年で1年半~2年と約半分にまで短縮されています。開発期間短縮のために、時にはバーチャル設計が行われることもあります」

福本 一朗氏

軽量化とシール性、両方の実現へ

バーチャル設計とは、試作を減らしてCAE(Computer Aided Engineering)解析によって量産を行うというものだ。「もちろん、いきなり解析だけでつくるわけではありません。バーチャル設計を行う前に、解析が本当に正しいのかどうかを調べるためにまず試作品をつくり、それが解析通りの性能を出しているかを我々が何度も調べます。そうして問題がなければ、初めてバーチャル設計に入ることになります」
顧客のニーズは年々変わり、かつてのように開発に4年もかけていたら、世に登場した時にはまったくニーズに合わない商品になる可能性が高い。消費者のニーズにも敏感に応えて行くためにも開発期間の短縮は至上命題なのだ。
「燃費への要望も強くなっています。我々がつくっている製品で燃費に貢献できるのは重さの部分です。軽くすればするほど燃費はよくなるので、素材も金属から樹脂に移行しています」
マーレでは、インテークマニフォールドが1990年代後半から樹脂に移行し、その後さらなる軽量化のために設計上でもさまざまな工夫が必要になっていると安田裕史氏は言う。
「樹脂も大きな塊だと重くなるので、駄肉をなくし、リブという柱を立てて強度を持たせています。これにより大幅に軽量化ができるのですが、その一方で難しい問題も出てきてしまいました。シール性です」
シール性とは、機械や装置において、気体や液体が外に漏れるのを防いだり、あるいは外部から中にゴミや異物が入らないようにしたりすることで、自動車部品においては非常に重要なポイントとなる。
エアクリーナーは、空気の量をセンサーが拾って必要な空気量をエンジンの各シリンダーに供給する。もし、空気漏れがあると燃料と空気のバランスが悪くなり、最悪の場合エンジンが止まってしまい事故につながりかねない。ここでつくられている製品の多くはシール性が重要で、検査でもチェックすべき大きなポイントの一つになっている。ところが、軽量化しようとすると、そのシール性を保つのが難しくなってくるという。
「樹脂の場合、例えば変形や2つの部品を合わせようとすると、隙間ができて漏れが生じてしまうことがある。そのため、これらをあらかじめ計算したうえで設計するなど高度な対応技術が求められます」
軽量化しながらもシール性を保つというのは、部品メーカーにとって技術力があるかどうかの分水嶺でもあるのだ。

左から福本 一朗氏/安田 裕史氏/加藤 裕一氏

点と点の間を知りたい

「平面が保たれているかどうかの確認は、接触式測定器であるダイヤルゲージで行っていました。手動で平面の点を測定して行くのですが、時間の問題もあり何百、何千か所と調べるわけにはいかず、一つの製品で40~50か所ほどデータを取っていました。しかし、点と点の間の状態は実際にどうなっているのかはわかりません。経験則で対応し、実際に問題になることはないのですが、それでも『本当に大丈夫なのか』という不安はぬぐいきれませんでした」
もう一つ問題だったのは測定時間だ。インテークマニフォールドなど大きな製品になると、シンプルな形状のものでも10時間、複雑なものだと15時間もかかっていた。
「つくったばかりの初期と、様々な耐久性を確認した後の2回は測定し、さらに精度を高めるために複数のサンプルを測定するので、全部を測定するためには1日で終わりませんでした」
福本氏はこうした現状を目にし、測定結果が3Dで見ることができないだろうかと考えるようになる。
「3Dで見れば点と点の間がどうなっているかがわかり、全体的な歪みもわかるようになる。シール性を高めていくためにも、製品の全体像をつかむことができれば、今までにないシール技術が構築できるのではないかと思いました。また、非接触式であれば測定時間も短くて済むだろうと考えました」
そんな時、非接触式のShaPix(シェイピックス)という測定器を知った。しかし、当時はそう簡単には使えないだろうと思っていたという。
「3社ほどの製品を比較検討しましたが、ほとんどが測定したい範囲の一部分しか測定できなかった。ところが、ShaPixだけが全体を測定できた。また、ソフトもすぐに使いこなせるのも魅力的でした。そして、テストをしたところ思っていたとおりのデータが数分で取れたのです」
福本氏は思わずこう唸る。
「すごいな──」

半減した測定時間

測定にかかる時間は、準備時間を入れて従来の半分以下に減り、新しい技術開発に時間を割けるようにもなった。安田氏は設計部との関係も変わったと語る。
「これまで設計部には、2次元のグラフだけを見せて測定結果を説明していました。でも、点と点の間がどんな状態なのかわからないので、『本当にそうなのか?』と問われると肯定し切れない所があり、もう一度測定し直すことがありました。それが、3D画像データを示せば一目瞭然なので、『だから直してください』と断言できるようになりました」
測定スピードが速いという噂は社内を駆け回り、今では量産ライン出荷直前の最終検査を行う品質保証部も使うようになり、最終検査の時間短縮にもつながっている。
「従来のシール性の考え方は、面の精度をいかに高くするかというものでした。しかし、すべてを完璧にしようとすると手間も時間もかかります。ShaPixによって測定精度が上がったことで、全体がどのような形になっているかがすぐにわかる。これによって、要所だけの精度を上げるといったこともできるようになるはずです」
平面状態のデータを3Dで高精度、かつ短時間で手に入れることができたマーレフィルターシステムズ。
少ない時間の中であらゆる要求に応える製品をつくるために、今日も進化し続けている。

MAHLE

同じ形状なので試作レスで量産へ
造形物をそのまま搭載しテストも実施

マーレフィルターシステムズでは2008年から3Dプリンター「FDM200mc」を導入し、2015年にはもう1台「FORTUS250mc」を追加した。福本氏はその経緯をこう説明する。
「当初は試作品をつくる場合、ハンドメイドが主体でした。しかし、それだと実製品と性能が大きく変わってしまうこともありました。そこで試作品を実製品に近づけるために3Dプリンターを導入しました」
加藤裕一氏は、エンジン音を機械的につくるサウンドクリエーターを例に、3Dプリンターの使い方を説明する。
「試作品の性能が自動車メーカーの要望を満たさない場合、要望に近づけるためにチューニングが必要になります。その際にチューニング用の部品を設計して3Dプリンターで造形しています。この3Dプリンターがいいところは、量産品とほぼ同形状なので、性能がすぐにわかり試作型をつくらずして量産まで一気にもっていけることです」
実際の自動車に3Dプリンターでつくったサウンドクリエーターを搭載し、自動車メーカーがテストして、問題なければそのまま量産に入ることもあるという。
また、治具にも3Dプリンターを活用している。測定するためには、試作品を押さえたりする必要があるが、そのための治具を3Dプリンターで製作している。その様子を見た品質保証部からは、「うちの分もつくってほしい」と検査用の治具の製作を頼まれることもあるという。
「以前は外注に出していましたが、今ではほとんどなくなり、外注費は10分の1にまで減りました。外注に出すと2週間はかかっていたのが、一晩で済むようになったため、開発スピードも大幅に短くなり、サウンドクリエーターの開発期間も1年半だったのが1年にまで短縮しました。サウンドクリエーターは、自動車としてほぼできあがった段階に、『今から搭載できないか』と話が来ることが多いのですが、それにも対応できます。そうした対応が、結果として次の仕事にもつながるという好循環も生まれています」
「将来的には3Dプリンターで簡易型に挑戦してみたい」と語る加藤氏。福本氏は「新製品を開発する際に、CADは単なるモニタなのでアイデアがどうしても広がりにくい。3Dプリンターで実際に形にすることでアイデアもグンと広がる」と語る。
近い将来、マーレはまた一つ壁を突破するかもしれない。

導入された製品情報

ShaPixについて

ShaPix(シェイピックス)は、精密にサーフェス全体を測定する高度な平面測定システムです。
1ショット(150mm×150mm、もしくは280mm×280mm)を約1分の測定時間、また約1μmの精度で測定し、対象物表面の平面度、うねり、形状データを取得します。複数の測定データを貼り合わせる機能を備えており、1ショットの測定範囲を超える自動車部品のような大きな対象物でも測定することが可能です。加工後の測定や組付時の測定における変形確認、不具合品の原因究明にも有効です。センサーのみの提供が可能※で、お客様のニーズに合わせたカスタマイズにも対応します。 
※S1500のみ対応可能

Coherix
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